新企画: 【借りものたちのメッセージ】 第1編 「無くなったけど」 (No.0190)


 真夏の昼前になってノソノソと動き出す。
ペットボトルに水を入れて、いつもの破れだらけのビニールバッグを用意する。
昨夜洗ったタオルは流石にカラカラに乾いていた。首に巻きつける。
ささくれだった穴のある麦わら帽子を被る。
ペットボトルも、色の抜けてくたびれたリュックサックに入れる。
錆びてガタガタと鳴る重々しい自転車を漕ぎ進める。


同じルートを毎日回るのではなくて、だいたい一週間で一巡するようにする。
今日は金曜日なので土手まわりを行く。
自転車で土手を降りると上りがキツイ。入り口で止めておく。
ビニールバッグを取り出して土手をあるき始める。
土手と言っても草の生い茂る中だから歩くだけでも厳しい。
この時期は腰より高くに雑草が伸びるからかき分けて行く。
かき分けながら足元を見て、缶やゴミを探していく。


まだ5分だけど、もう身体中が汗だくになっている。
麦わら帽子から汗が滝のように流れだして目に入ってくる。
気をつけないとものもらいなどになる。今そんなことになるわけにはいかない。
体調の管理が大切だ。
缶は少しあるが、売り物になるようなゴミは無かった。
カーステレオやスマートフォン、バッテリーなんかは見つからない。
足跡は無いから先に誰かに取られたということは無いと思う。


ヤブを出て一息つく。もう何箇所も蚊にさされた。片手に持ったビニールバッグにはまだ底が見える程度にしか収穫は無かった。

この日はとりわけ風が無かった。太陽は微動だにせず日差しを照りつけてきた。
少し先に小さな橋がある。その橋の下に行き休むことにした。


しかし橋の下へ行っても風が無いので蒸し暑さが際立った。
麦わら帽子を外して仰ぐが頼りなかった。


リュックサックからペットボトルを出して飲んだ。もうすでに温まっている。
あまり一気に飲まないようにした。まだ仕事はある。
だがすぐに悪くなってしまうから、あまりケチっても仕方ない。残したやつを飲んで何度と無く下痢をした。

リュックサックの外側のポケットをまさぐる。
小さい栄養ドリンクの小瓶があり、取り出して振るとガサガサと音がする。
中は塩だ。茶色いので見ずらいが振った感覚からも半分以上あるように思えた。


まだいい。
塩と水をしまい、また歩きだした。


一時間過ぎた辺りで疲労が激しくなってきた。まだ食事なんてしていないし、連日この調子だからか、日に日に疲労の限界が早くなっている気がする。
すぐに日陰を探して見回した。
何も無かった。一面がヤブであった。視界には土手が見えるが、そこまで行っても日陰はないし、見える距離だが今は遥か遠くに感じられる。
そこまで行く体力はもう感じられなかった。


フラフラとした状態でリュックサックから水を取り出し飲んだ。もう全くお湯だった。味も少しオカシイ。これももう限界か。
今度は塩の瓶を取り出した。もう手に震えがある。
ゆっくりとねじ切りの蓋を開け、片手に持った瓶を倒し、片方の手に持った蓋に塩を入れる。
こぼしてはいけない。
ゆっくり。
しかし手が震えるので持っているだけでも塩は流れ落ちていく。
蓋の半分くらいになったところで瓶を戻し、蓋へ口を近づけ塩を飲む。
キツイ塩辛さがあるが、不思議と甘さも感じる。
また水を飲む。変な味は減った気がする。


塩も水もしっかりと戻す。
しかし、フラフラとした状態はすぐには戻らない。この状態でヤブの中で気を失い倒れ込んだら、もう見つからない。
被っている麦わら帽子はつば広だが、これだけの影ではもう防げない。
身体中が熱せられている。
考え込んだときにフト両膝を曲げ四つん這いになってしまった。

これはまずい。
身体は少し楽だがこの状態から立ち上がるのは体力がいる。
こうしている間も無防備な背中から腰にかけてが日差しの標的になっている。
めくれた背中が直接焼かれるように熱い。


思わずこの暑さから逃げるように四つん這いのまま進んだ。姿も視線も亀のようになった。
向かっている方向が土手の方なのかも、もう解らなかった。
地面に広がるように必死に這いずった。上からも下からも熱せられているようだ。

そのとき前のヤブの根本に何かあった。
黒い棒だ。
夢中で手にとってすぐ分かった。

傘だ。
紳士物の黒い傘だ。
すぐに留め具を外し、ボタンを押してみた。


ボワッ!


あまりの勢いに思わず手を離してしまった。
傘は自分の勢いで生き物のような動きを見せた。


すぐに拾いその場に座り込んで傘を差した。
厳しい日差しは急激に遮られ、涼しさを感じた。温度が変化したことがハッキリと分かるほどだった。
周りをヤブで守られ、頭には黒い傘がかかっている。
今日、初めて休んだ気がした。
リュックサックから水を出し、半分を飲み、麦わら帽子を取って残りを頭からかけた。
そこに唐突に強い風が吹き上げた。


ビュゥゥッ‼


大きな傘が風に煽られる。
傘と一緒に何処かへ飛ばされるかと思うほどの勢いだった。
水をかけた頭も、雫が垂れた身体も、今の一瞬で爽やかさを得た。


今日、初めて笑った。


日没の前に自転車に乗り、勝手に間借りしている廃屋の家に戻った。
収穫は特に無かった。
あの傘は別だった。
これは売らないし、どうせ売れない。


新しく水を汲み、食事を用意した。
前にボランティアから貰った米と、ガス缶はある。


いつもどおりだけど雑炊を作った。具は前に取った野草とカップラーメンを半分だ。これもボランティアから貰ったのがまだいくつもあった。


1日歩きづめでやっと食事だ。
今日はあまりなかったけど、明日の土曜日は何かあると思う。
大抵は金曜の夜に誰かが捨てたりする。


雪平鍋でひたすら煮ただけの雑炊が出来た。
火を止めて静かに座った。


自分の足跡が見れない
情けなくて
見つけたら必死になって消すだろう
でも歩いたことは消せない


ただ傲慢に 野蛮に


怒りに囚われ従った
言われるままに
崖に立つことは知っていたはずなのに
その道を進んできた


ただ傲慢に 野蛮に


いただけた機会に やっと気づけた
あまりに遅い あまりにも遅かった
もう ない もう 何も残らず


苦しみは 私の背中に 乗っていて当然 自分のせい
受け入れる 愚かなものにも しかしまだ 愛が注がれる


まだ やさしさが まだこんなにも 感じ取れる




【借りものたちのメッセージ】 第1編


「無くなったけど」 (No.0190)


おわり


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?