【2つめのPOV】シリーズ 第5回 「実り 」Part.2(No.0204)


パターンA〈ユスタシュの鏡〉


Part.1のつづき


私はその固く黒い足元の土にクチバシを突き立てて、その土を食らった。
ひどい味だった。なんの旨味も無くとても臭い。どれだけ噛んでも砂やら砂利やらの感触と、いつまでも粘りつく粘土の塊だけが口に残り続けた。


とても飲み込めない。私はすぐさま吐き出した。


ーー違う、これはひどい。これは食べ物じゃない。これは柿とは全くの別物だ。土と柿は全く違う。土はただのゴミの塊だ!


私はその場を離れたくなりすぐに空へ飛び去った。少しでも風の感触を味わって今の不快さを消し去りたかった。しかし空を飛びながら大きく口を開け、風に当てても口に残る不快な感触と悪臭はなかなか消えずにもがき苦しんだ。
自分の巣に戻ろうと飛んだが、突発的に腹痛になり近くの茂みに捕まった。どうやら少し飲み込んでいたようだ。強烈な下痢を起こしてしまった。


私はただでさえ空っぽのお腹を下痢で更に空にしてしまった。
ひととおり出し切り峠を超えた辺りで再度飛び出したが、今度はひどい目眩に襲われた。下痢で体内の水分が大きく失われたことで体液のバランスを崩してしまったのだろう。

私は必死になって自分の巣へ帰ろうと羽ばたいたが、もう方向さえ見失っていた。人家の屋根を下に見て飛んでいたがその高さは徐々に下がり続け、今や2階建ての屋根にぶつかる高さで飛んでいた。もうこれ以上高く飛ぶだけの力は残っていなかった。


ーーああ、だめだ。巣になんてとても戻れそうにない、ここはどのあたりだろうか・・・


私は見覚えがあるような無いようなその住宅街をただ風に流されるように舞っていた。眼下にはもう民家の屋根はなく、目の前には2階建ての窓や壁が映るほどの高さにいた。
私は民家の壁にぶつからないことだけに力を使い、家と家の間を縫うようにすり抜けながら飛んでいた。


そのとき、民家との隙間から夕日がチラリと目に入った。


ーーおかしい・・・今はまだ昼だ・・・太陽は私の上にあるのに何故・・・?


私は民家の2階にあるベランダの手すりに止まった。
普段は危険だから決してしないが、もうそれどころではなかった。
私はゼイゼイと切れた息を整えながらそのチラリと見えた夕日にしっかりと目を向けた。


それは夕日では無かった。まるで夕日のように紅く熟れた柿の実を付けた柿の木であった。
見事な実を、あの硬い柿の枝がしなりそうなほど成らせた木であった。


私は驚いた。幻を見ている気分であった。


ーーそんな馬鹿な・・・これほどの柿の木があったなんて・・・しかも誰もいないぞ・・・


私は力を振り絞り、その柿の木へ向けて飛び、人家の隙間を塗って移動した。
途中、軒の上を歩き、やっとのことでその柿の木を目の前にすることが出来た。


目の前にして驚きは増したが、同時に理解も出来た。


この柿の木は狭い庭の隅に生えていた。この庭は民家に囲まれている上に軒の深い古びた蔵の横にひっそりと一本だけ生えていたのだ。
人家の屋根が眼下に広がるほどの高さからでは、かえって見えない位置に生えているため、これまで誰にも見つからずにいたのだ。


しかし、それにしても見事な柿の木であった。
夕日色に熟れた実が、花畑のように数え切れないほど成っていた。どの実も一つとして傷も齧られたあとも無かった。


ーーああ、美しい・・・


私はこの光景に感激し、腹痛も空腹もしばし忘れて見とれていた。


すぐにでも齧りつきたい気持ちが膨らんできたが、その美しさのあまり思わず躊躇してしまっていた。
しかし不意に空腹の知らせが鳴り響き、聞こえるなり私はすぐに木に飛び移りその美しい実を貪った。


ーーああ!素晴らしい!!


これほどの感動を食べ物で得られる日はもう来ない。それを確信するほどの味であった。
美味しさというよりも感動がそのまま形になったような気がした。命がそのまま実になったのだとさえ思った。


私は幾つものその柿の実を平らげた。あまりにも夢中で幾つ食べたのかなんてわからないほど集中していた。
そして気がついたらその柿の枝の上で気を失うように眠っていた。


目を覚ますと柿の実と夕日が重なっていた。輝く輪を背負った柿の実が目の前にあった。
考える前に私はその目の前にある実に食らいついた。
丸い実は私のクチバシの形に削り取られ、その削られた隙間から差す西日が私の顔を暖かく照らした。


私はその実をキレイに平らげると、枝を力強く蹴り飛ばし空へ飛び去った。


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 私は眼下で繰り広げられているカラスたちの争いを眺めている。


以前に私を助けてくれた柿の木は、私が助けられたあとに何故か他のカラスたちに見つかり、今ではこうして他所と同じような状況になっていた。


しかし、私は秘密の場所を奪われたような気持ちにはならなかった。私は命を助けられ、そして命を繋ぐための大切なことを教わったのだ。


あの柿の木の根元には、崩れた柿の実が転げ落ちている。
だが私はその実を食べようとは思わない。


あの泥にまみれた実は、木に成っている実とは別物なのだ。


あの美しい本物の柿の実は、その実を支えている土とは違う。




【2つめのPOV】シリーズ 第5回

「実り 」

パターンA〈ユスタシュの鏡〉

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おわり

Part.3につづく


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