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獅子たる君へ 魏徴の漢詩より





先日
私の大切な友人が
いわなの郷を訪ねてくれた。

友人と言っても
20近く下の若者だ。
(私は45歳)

そんな友がいることは幸せだ。

その友が今奮闘している。

エールを送る意味でも
この漢詩を送りたい。

その上で私の想いを綴ってみる。


述懐(じゅっかい)     魏徴(ぎちょう)

中原還逐鹿
筆投事戎軒
縦横計不就
梗概志猶存

杖策謁天子
駆馬出関門
請纓繋南粤
憑軾下東藩

鬱紆陟高岨
出没望平原
古木鳴寒鳥
空山啼夜猿

既傷千里目
還驚九折魂
豈不憚艱険
深懐国士恩

季布無二諾
候嬴重一言
人生感意気
功名誰復論

中原(ちゅうげん)還(また)鹿(ろく)を逐(お)ふ
筆を投じて戎軒(じゅうけん)を事(こと)とす
縦横(じゅうおう)計(はかりごと)就(な)らず
梗概(かうがい)志(こころざし)猶(な)ほ存す

策を杖(つゑつ)きて天子に謁(えっ)し
馬を駆って関門(くわんもん)を出づ
纓(えい)を請(こ)うて南粤(なんゑつ)を繋ぎ
軾(しょく)に憑(よ)って東藩(とうはん)を下す

鬱紆(うつう)として高岨(かうしう)に陟(のぼ)り
出没して平原を望む
古木(こぼく)寒鳥(かんてう)鳴き
空山(くうざん)夜猿(やえん)啼(な)く

既(すで)に千里の目を傷(いた)ましめ
還(また)九折(くせつ)の魂(こん)を驚かす
豈(あに)艱険(かんけん)を憚 (はばか)らざらんや
深く国士(こくし)の恩を懐(おも)ふ

季布(きふ)二諾(にだく)なく
候嬴(こうえい)一言(いちげん)を重んず
人生意気に感ず
功名(こうめい)誰(たれ)か復(また)論(ろん)ぜん



1 魏徴(ぎちょう)の人となり

「唐詩選」の冒頭にこの詩があるという。
繁栄を極めた唐の時代。
文化が花開く時代は平和な時代だ。

日本なら平安時代また近代なら大正時代がそれに当たるだろう。

その唐の初代・二代に仕えた重臣だという。
特に二代太宗は名君と謳われ、「貞観政要(じょうがんせいよう)」のモデルとなっている。

余談ながら、リーダー論を書かれたこの書では
すぐ下に自分と考えの違う5人を置くことを説かれている(らしい)。
実際にそのような会社経営をされている方もいて、印象に残っていた。

話を戻すが、
そのような名君も上司を諌める人がいて
その価値が出てくる。

上司を諌めれば、今でもクビや左遷になる人もいっぱいいるので、
命がけであったはずだ。
しかし、この魏徴は 
自己の一身上のことを全く顧みず、全身全霊で太宗に仕えたのだと言う。

私の友がまた
現代の魏徴のようだ。


2 詩の大意

細かく解説はしないが、大まかな詩の流れを追う。

五言古詩と言う詩型で、
五字四段を一段落とし
全五段落の形式だ。

第一段で若き日の記録
隋末期の戦国の世での生き様を記す。

第二段で転戦の記録
太宗の命を受け、平定の様子を描く。

第三段で実際の生活を描く。
功を成した魏徴の慎ましやかな生活を描く。

第四段で自己の心情と志を述べる。
満身創痍でも主君太宗への恩への報いを記す。

第五段で人生の締めくくりを描く。
このように生き、このように死ぬ決意を披瀝する。

詳細はわからずとも、
音読するだけで
なんとなく心が伝わるのが
漢詩の面白いところだと私は思う。

興味を持った方は
意味など全くわからないくていいので
吟じて頂けたら幸甚だ。


以下、
大切な箇所をかいつまんで、
友への想いを綴る。


3 志(こころざし)猶(な)ほ存す

第一段最後の言葉。
戦に明け暮れて、それでもまだ、

縦横(じゅうおう)計(はかりごと)就(な)らず

うまくいかないことばかりだと言う。

それでも
志は失っていない!
と獅子吼(ししく)する。


今目の前の事が
成っている成っていない
なんてどうでもいいことだ。

私はこうする!
その決意、志が天地を動かす。

魏徴の
また友の
この想いに魂が揺さぶられる。

できそうだからやる
できなさそうだからやらない
ではない。

決めたことは何があってもやると言うのが志なのだろう。


4 古木寒鳥(かんてう)鳴き

第三段での実際の生活を描いた場面。
うっそうとした古木の中に鳥がさび(寒)しげに鳴くのを聞いている
魏徴の気持ちがしのばれる。

燃えたぎる情熱と
遅々として進まぬ現実との葛藤を
知ってか知らずか
寒鳥が鳴く。

時に憤り
時に自らを癒しながら
鳥の鳴き声を聞いた情景が目に浮かぶ。

そんな
鬱紆(うつう)とした日々に
想いを馳せる。


5 功名(こうめい)誰(たれ)か復(また)論(ろん)ぜん

最終第五段では自分の生き方を決意する。

漢の季布(きふ)は、人からの依頼を承諾したら必ず実行し、
戦国時代・魏の候嬴(こうえい)は一言でも約束をしたら必ず守った。
そのように
人生は心と心の触れ合いから意気に感じて働くことだ。

と述べた上で、

結果としての功名など誰かと論ずるに足りない。

人に認められたいのが人情だ。
それでも、認められようとしたらこんなことできない。
わかりきっている。
噂話だけで生きている人には言わせておけ。
誰が理解してくれなくてもいい。
やり切ると自分が決めたのだから。

その思いがなければ、やりきれない。

自分が納得した生き方をしたい。

魏徴のほとばしる熱情が腹の底から生命力がたぎる思いだ。

時に
鳥がさび(寒)しげに鳴くのを聞きながら、
決意を新たにしていったろう。


6 もし魏徴が名君・太宗でない人に仕えていたら

歴史にイフifはないとよく言われるが、
「もし〜だったら、どうなっただろうか」と
考えることでわかることも多い。

魏徴は名君だったから持った才能を存分に生かす事ができた。

もし名君でなければ、主君に対して諫言しただろうか?

私はしたと思う。

その時は、左遷どころか自分の命も危ぶまれただろう。

それでもやる。
第四段後半を見れば間違いない。

豈(あに)艱険(かんけん)を憚 (はばか)らざらんや
深く国士(こくし)の恩を懐(おも)ふ

どんなに苦しく険しい事があろうと決して行うことを憚らない
主君への深い恩を思わないではいられない。


友よ
必ずしも理解されないかもしれない。
魏徴はきっと名君であろうがなかろうが
あのように生きたはずだ。

今の苦労が水泡に帰すかもしれないと嘆く時もあるだろう。
その歩みに意味を感じられない時もあるだろう。

その一歩一歩が
目に見えないものを育てているのだ。
目指す頂に近づいていることを忘れないでくれ。

そんな友の


人生意気に感ず


今日もありがとうございました!

ご縁に感謝です。サポート頂いたら、今後の学習投資に使わせて頂きます。