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【特別公開】≪工学的構築物としての小説3 ≫ 小説作りの魔法の概念「関係の絶対性」

次代のプロ作家を育てるオンラインサロン"「私」物語化計画"の本編。タイトルは『工学的構築物としての小説3 小説作りの魔法の概念「関係の絶対性」』。前回はゴールデンウィーク特別編だったが、今回は「工学的構築物としての小説」についての第3弾。「関係の絶対性」についての話だ。

あなたが絶海の孤島で生まれ、1人で育ったと仮定しよう。あなたは母語も父語も学べなかったので、つまり言葉を習得できなかったので「私」を形成することができていない状況である。
(中略)
島でたった1人──という仮定はよくある荒唐無稽な思考実験だが、この実験から僕らが取り出せることは2つある。1つは、人間は言語によって「私」を形成するのだということ。もう1つは、母なり父なり友人なり、誰か他の人間がいなければ「私」は存在しないということだ。
引用:工学的構築物としての小説3 小説作りの魔法の概念「関係の絶対性」 山川健一

Webサイト上にテキストの冒頭部分が特別公開されている。まずは、これををチェックした上で、わたしの感想を読んでいただければと思う。

わたしの感想

極端な言い方かもしれないが「私」なんてものは存在しないのだ。誰かとの関係があるだけなのである。まずそれを思い知ることから、新しい小説は構想されなければならない。

そして「自分探しの旅」とは、成長の過程における他者との関係を検証していくことに他ならないのである。

これを「関係の絶対性」と呼ぶことにしよう。

さてさて、ここで「関係の絶対性」に関して、いろいろと思うことを書いてみたいのだが、特別公開されていない箇所に言及しなくてはいけないので、ぐっと我慢しておく。

なので、こちらのつぶやきを元にぽつぽつと言葉を連ねる。

『マチウ書試論』は吉本隆明、初期の出世作である。マチウ書とは新約聖書中の、いわゆるマタイ伝のことだ。まあ、そんなことはどうでもいいけれど。書かれたのは1959年。つまり、今から60年ほど前のとても古い本だ。たぶん、というか、かなり確実に今では読まれなくなった本だ。

吉本隆明が、おそらく一般ピープルに読まれた本は『共同幻想論』ではないだろうか。この本が刊行されたのは1968年。こんなふうに歴史を単純にぶった切っるのはあまりに乱暴で気後れしてしまいそうになるが、安保闘争に賛同し、ベトナム戦争を反対していた全共闘世代に『共同幻想論』は好意的に受け入れられた。

吉本隆明は詩人で、評論家だった。70年代はもちろんだが、80年代になっても、どちらかというと評論することすら軽んじられていた当時のサブカルについても言及していた。つい先ごろ惜しくも亡くなってしまった遠藤ミチロウが吉本隆明の思想に強い影響を受けていたは有名な話だ。

だが、平成が始まった頃には、多くの人の認識として「吉本ばななの父」の印象が強かった。評論は一部の人が読む本になっていた。そう、いつからか詩人は地味なイメージに、評論家は小難しいことを分かりにく説明する人になってしまった。1983年に、浅田彰『構造と力』が15万部を超えるベストセラーになったなんて、もうウソみたいな話だ。

評論は世界を知で捉えるためのものだ。知とは智であり、人間がもつ理性の表象だ。生きていく上で絶対な存在として必要なものではないが、自分の周囲にある世界を見方を変えてくれる。実際、これまで良いか悪いかの判断は別として、世界を動かし、変えてきた。

もちろん、今でも世界の見方を変えてくれる本はある。だが、とてつもなく軽くなった。上っ面だけの軽薄さだ。似たような言葉を入れ替えただけのコピーのコピーであふれかえっている。Amazonのベストセラーあたりを眺めれば、感覚や感情といった曖昧な観点に基づいた自己啓発本や自己啓発本もどきが並んでいる。

軽いことが下劣ではない。レベルが低いわけでもない。自己啓発本よりも評論の方が優れているという話でもない。評論家が、ウソっぽいエッセイを書いている人より偉いというわけでも、もちろんない。ただ、巷で売られている本の文章、もしくはSNSとやらで叫ばれている言動、そんな背後にどうしても人間の弱い部分につけこんだ胡散臭さを感じてしまうのだ。

騙される奴が悪い。そう割り切るには悲しい。ただただ、このままでいいんだろうかって先の見えない不安感が残る。品行方正な世界がベストだとは思っていない。でも、ちょっと、詐欺師や山師がはびこる現状はひどいと感じるんだ。

そう、ミチロウさん。こういう世の中、ときおり、吐き気がするんだよね。


Text:Atsushi Yoshikawa

(注)感想はあくまでも、わたし個人の感想です。決して、"「私」物語化計画"の講義に対する正答や正解ではありません。

#オンラインサロン #私物語化計画 #山川健一 #小説 #書き出しの現象学

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