シャルトルへ行きました。②

二 パリに到着

 飛行機は定刻通りに、パリ、シャルル・ド・ゴール国際空港の第一ターミナルに到着した。今日のフライトの旅客数は計二百十六名。エコノミークラスは満席に近かったが、収益性高いファーストとビジネスはガラガラだった。私はもちろんチーフパーサーだ。本来チーフはファースト・クラスの食事サービスに携わるだけでよいのだが、今日はファーストのあとビジネスにも顔を出し、そのあとエコノミーの食事の回収すらも手伝った。止まっちゃダメ、走り続けなくては。だって止まってしまったらあのことを考えてしまうもの。幸い、フライト中CAはやるべきことが際限なくある。
 だが、そのフライトが終わった。あと少しで一人時間が始まろうとしている。空港のバゲージ・クレームでスーツケースを拾い、クルー専用のシャトル・バスの駐車エリアへ向かう。でもスーツケースの車輪が何かを挟んでしまったのかスムーズに滑らない。背後から村上達の笑い声が近づいてきた。抜かされたくない。スーツケースを無理矢理引き摺るが数歩ごとに引っかかってしまう。追い抜きざま、村上は「お疲れ様でーす」と明るく声をかけて、そのまま脇を通りすぎで行った。労われたような物言いはなんだ。少し前までは旅客や先輩CAには「お疲れ様でございました」と丁寧な表現を使ったものだ。また空港内では、キャプテン、コーパイ(副操縦士)、そしてチーフパーサーの順で歩くという暗黙の了解もあった。コロナ禍を経て、そういう慣習が脱ぎ捨てられていた。もうそんなこと構っていられない、ということなのか。

「人数チェックOKです!」
「バゲージは?」
「カウントOKです!」
「はい、じゃ行きましょうか」
と目で一番若手の若田に指示を出すと、若田は運転手に「レッツゴー」と言う。バスはCA十四名とコックピット・クルーの四名を乗せ、パリ市内の定宿に向かって出発した。夕方のこの時間は到着便ラッシュのため、空港エリア内で既にのろのろとしか進まない。一刻も早くホテルに入って一人になりたいのに、と眉間に皺が寄る。

 バスはようやく高速に入った。だが今度は帰宅ラッシュで進まない。眠りたいのだが、こめかみの辺りがガンガンして、それもままならない。久しぶりにクレームもなく、インシデントもないフライトだったが、レストも取らず突っ走ったツケだ。
「頑張れ、自分」
と発破をかける。コロナ以来、バスで移動するときも皆離れて座るようになったので隣には誰もいない。それでもここでメソメソしたくない。バスがホテルに到着するまであと一時間の辛抱だ。久々のパリ便ではないか。明日はサントノーレ通りのエルメスでも見に行こう。金欠の今、買えるような物はないが見るのはタダだ。帰りには最近話題のセドリック・グロレのケーキを買い、ボンマルシェのグルメ館でワインとチーズとバゲットを買って夜はホテルで部屋飲みしよう。精一杯楽しいことを頭に描いた。
それなのに、ふと車窓に目を遣ると、そこに映った顔は泣いている。たまに口角上げて笑っていてもそれが泣き顔にしか見えない人がいるが、自分もその一人となっているだなんて。
「それもこれもーー」

 もう止められなかった。
 頭の中の動画アプリは、二十時間ほど前、羽田空港支店に出社しところまで戻ってリプレイを始める。

つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?