春の骸

「ねぇ、私の写真を撮って」

貴方が春を見つめている瞳が、カメラのレンズで屈折することなく、一つの埃も被らず、誰かの裸眼に光のまま届いた時、心で失明する人。世界は薄桃色で染め上げられて、ただ静かなシャッター音が滲んでいく。

貴方のことを春だと思い、四季を指折り数えるように残像を追いかけ続ける人達が忘れてしまったのは、夕暮れと夜の繋ぎ目、覚えているのは貴方だけ。美しいものだけを覚えていて。
コンビニの電子音が、どこか寂しげに聞こえるのは、春だからです。貴方が鼻歌を口ずさみながら歩いている、漂う気怠げな空気は透明な蛹に変わってゆく。

桜の下、貴方を見つめる時、その先にあるのは貴方の横顔ではなく、ゆらゆら揺れる思考の海。貴方が何を考えているか、何も分からないことの言い訳として、花びらが散っている。

むせかえるような春の中で、溜め息をするのを忘れてしまって私で窒息死して欲しい、そう呟く声が、夜風にかき消された完全犯罪の夜。

君の残像が微睡に溶けてゆく、春の匂い。

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