見えてる色彩が皆同じとは限らない 1話【note創作大賞2024|漫画原作部門】
【あらすじ】
高校2年生の柳沼志帆は、同級生の早川 睦月の絵に惹かれた。
2人共、授業では美術を選択しており、教師・梛戸颯に出された課題は似顔絵。
志帆は似顔絵には少々苦い思い出があった、それを克服できるのか。
三者三様な三角関係ロマンス、ここに開幕。
【世界観】
現代
以下、本編。
【第一話】
ホームルームが終わって皆と同じように、いつも通りに教室から出る。
階段を降りて、踊り場へ到達した時の出来事だ。
「柳沼さん、ちょっといい?」
階段の下には、声の主である美術教師の梛戸 颯が佇んでいた。
先生が呼んでる"柳沼"という生徒は私、柳沼志帆の事だ。
学年が違う女子生徒達に囲まれてたけど、多分こちらの階に上がってくるつもりだったのだろう。
今、下の階に降りるのは難しい。
自分の教室へ戻ったって、先生が教室までやって来るのは時間の問題だろう。
「なんでしょうか?」
逃げ場はないが、心当たりはある。
なるべく平常心を装い、『ちょっといい?』という言葉に返事をした
「柳沼さん、美術の課題 出してないでしょ?」
美術の課題というのは、お互いの似顔絵を描こうというものだった。小学生とかならともかく、高校生にもなってやることなのだろうか。
実際、小学生の時にもそんな課題で描いた覚えもあるが相手を泣かせてしまった記憶しかない。
では何故、選択授業を美術にしたのか。答えは、消去法だ。
音楽は聴く方が性に合っているし、書道の先生は字に厳しくて合わなかった。
『志帆ちゃん、美術にするの!? 私もそうしようかな、梛戸先生カッコイイし』なんて言っていたクラスメイトもいたが、あっさり音楽教師に乗り換えていた。
確かに、梛戸先生だって顔は良い。顔は。
穏やかで良い先生ではあるが、言い方を変えると冷たいのだ。特に、その子みたいなタイプには。
勘違いされないためなんだろうけど。
音楽教師は、梛戸先生と並べても劣っていない顔立ちだ。
性格としてはチャラチャラしているので、いつか女子生徒に刺されるんじゃないかと勝手に心配している。
「締切もうすぐだけど、大丈夫そう?」
梛戸先生は、ろくに言葉を返さずに色々考えていた私へ再び声を掛けてきた。
「全然大丈夫じゃないです」
その場で、頭を抱えてしまった。こんな醜態を曝してしまっているのも如何なものか。
「そんな柳沼さんに朗報があります」
「相手の早川くんが、美術室に籠ってます」
――あれは、一年生の頃だ。美術の授業で写生をした時に早川くんの絵を好きになった。
だから、私からペアになる事をお願いした。
彼の作品が繊細かと問われると、そんな事はないかもしれない。けれど他の人よりも使う色が多いのか、私の目には鮮やかに見えた。
「彼、美術部でしたっけ」
「違うけど、美術は好いてくれてるみたいだよ」
「そうなんですね」
会話が弾まない。というか、弾ませなくて良いんじゃないか?先生だってきっと他にやる事もあるはず。
「私が逃げないように美術室まで着いてきてくれます?」
そんな先生を試すように、我儘なお願いをする。
「お安い御用だよ」
まさかの返事だった。この人、本当に暇なのか?私のような一生徒を美術室まで送るなんて面倒くさいだろうに。
科目的にも本拠地な美術室に行くだけだから引き受けてくれたのだろうか。
先生と二人で渡り廊下を歩いていき、美術室へと入る。
「早川くんにも言ったけど、最終下校の時刻までには帰ってね」
「はい」
先生は、隣の美術準備室へ入って行った。やはり、教師として明日の準備等やる事があったのだろう。
改めて、既に出来ている下描きに線を足していたりと作業している早川くんへ目を向ける。
「どうも」
続けて、声をかけた。
「あ、来てたんですね。夢中になってました」
私に気付いた早川くんは「どうぞ、座ってください」とこちらに腰掛けるよう促した。
「居残りさせちゃったみたいで、すみません」
促されるまま椅子に腰を下ろす前に、謝罪する。
「いえ。僕も、まだ途中だったので丁度よかったです」
確かに色は、まだあまり塗り足されていない。
会話は特になく、お互いに画用紙へと向き合うだけの時間が流れている。
私の絵は、まだ下描きだけの段階で、それを只々見つめる。
「筆、進んでないの?」
早川くんは、気に掛けてきてくれていたらしい。
「実は、あんまり……」
目を合わせられないまま、頬を掻く。
「そっか。けど、柳沼さんなら良い絵が描けると思うんだ」
「ありがとう、早川くん」
期待に応えられる気はしないが、微笑みかける。
「その……睦月でいい」
このような場をペアを組んでいるのに、未だに名字呼びなのが余所余しく感じたのだろうか。
「あ、うん。わかった」
睦月、睦月……と頭の中で呼ぶシュミレーションを始めた。
「だから、俺も志帆ちゃんって呼んでいいかな」
「へっ」
シュミレーションの途中で言われてしまったので、つい間抜けな声が出てしまった。
「その方がフェアでしょ?」
「そうですね。改めてよろしくお願いします、睦月くん」
そのままの状態で軽く会釈をすると、「こちらこそ」と向こうも会釈してくれた。
それから再び、画用紙に目を向ける。
やはり、人間の絵はバランスが難しい。
「志帆ちゃんは、描くの苦手な部分とかある?」
開始されたのは、美術室ならではの絵に関するトーク。
「やっぱり顔ですかね。バランスが……」
「ちょっと見せてもらってもいい?」
「え、ちょっと……それだけは!」
早川くん改め、睦月くんはこちらへのお構いなしに下描きレベルの絵を覗き込んできた。
「……志帆ちゃんの絵って、ピカソに通ずる物があるかもね」
顎に親指を当てて、考え事をするような、評論家のようなポーズで私の絵を見ていた。
「それは、否定してる? それとも褒めてる?」昔、似顔絵で泣かれた事がある。だから、真正面からの意見には少し怖気づいてしまう。
「褒めてるから、安心して」
そう言って微笑んでくれる睦月くんの言葉は、信じられる気がする。
「だってピカソは、美術史に名を遺している立派な画家なわけだし…ね?」
説得力の増す一言が付け加えられた。
「着色したら、更にいい感じになるんじゃないかな」
『これを似顔絵といっていいのかわからない』というぐらい低い自己評価の反面、睦月くんは、ワクワクしてくれているようだ。
【第二話】
【第三話】
【表紙画像はCanvaで作成いたしました。】
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