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オルフェウスの窓(全18巻)・池田理代子 を読み終えて

1975年(昭和50年)から1981年(昭和56年)に連載された40年以上も昔のマンガをもう一度読んでみようと思ったのは、昨年、浦沢直樹の『ビリーバッド』をアマゾンで全巻まとめ買いをしたことが大きい。マンガを大人買いしたのははじめてで、アマゾンを利用すれば、新刊はもちろん絶版になったものでも、読んでみたかったものが何でも簡単に手に入ると味を占めたのだ。

『オルフェウスの窓』は小学校から中学校にかけて読んだが、第一次世界大戦やロシア革命という時代背景が理解できずに、読み飛ばしてしまった。大人になって、歴史がわかってきた今だからこそ、改めて読んでみようと思った。

オルフェウスの窓

マンガってこんな夢中になれるものなの!?

8月から2か月ぐらいかけて本日全18巻を読み終えた。
そして今抱いているのは、アラフィフをとうの昔に通り越したこの私が、今だにこんなにも夢中になれるものがあったのかという驚きと戸惑いだ。
ストーリーは自分でもびっくりするくらいに忘れていて、この先はどうなるんだろうと、この2か月間はずっとハラハラし通し、寝ても覚めても『オルフェウスの窓』のことばかりを考えていた。ハマるとはこういう状態のことを言うのか。
馬でクラウスを追いかけたユリウス、ユスーポフ侯の深い愛など、よもや自分に胸がキュンとする事態が起こるととは思ってもみなかった。    
第一次世界大戦やヨーロッパ各国の動き、ロシア革命や日露戦争に触れようと思っていたが、登場人物に感情移入してしまって、結局それどころではなかった。 

過ぎ去った煌めきへの戸惑い

読み終えた直後の今は、感情が激しく揺さぶられて、どうしていいかわからず、とりあえずこの感想文を書いて気を沈めている最中だ。
それにしても、この切なくて苦しい気持ちは一体なんなのだろう。整理がつかなくて困っている。noteにアウトプットしなければ脳内で切なさが自己増殖してしまって収集がつかない。
『オルフェウスの窓』を読んでいた2か月間の全てが煌めいて感じられる。
だからこそ、まるでワーズワースの草原の輝きという詩のように、あるいはダーヴィッドの「おい、素晴らしい少年時代であったな」という言葉のように、過ぎ去った過去の煌めきがあまりにも眩しく思えて、いっそう胸を締め付ける。

クールダウンする必要性

今は茫然自失の真っ只中だけど、一つだけ確かなのは、マンガってこんなにも面白いということだ。
マンガを読まないなんてもったいない、人生損しているのと同じに違いない。
もう少し気持ちが落ち着いたら、クレアの少女マンガベスト100のベスト5までは読んでみようと思う。
さらに『オルフェイスの窓大事典』という副読本があるみたいなので、それを読んで少しクールダウンするしかないと思っている次第である。




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