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THE BOHEMIANS「GIRLS(ボーイズ)」をもってすれば、こんなことも起きるかもしれない。

 ※以下は楽曲から想像した物語(フィクション)です。太字は歌詞引用。


 アイラインを引く。
 慣れていないせいか不安定に揺れるペン先をぎゅっと握りしめ、慎重に。
 なんとか納得のいく仕上がりになったところで、詰めていた息がふっと洩れた。
 鏡で確認すると少しだけ、ほんのわずかながらいつもより目に力が宿っている気がして、そのことに励まされ、次の工程に移ることにする。
 またも口を引き結んで、今度は瞼の上にアイシャドウを乗せる。アイラインに引き続き、こちらも慎重に薄く塗り伸ばす。

 購入したはいいものの、なかなか踏ん切りがつかずに眠っていた新品のパレットに微かな窪みができる。その窪みを認めた途端、まるで何かの境界を踏み越えてしまったようで、途端に心臓が早鐘を打ち始めた。ふいに辺りが暗くなった気がして、視界が狭まる。息苦しい。
 顔面をめちゃくちゃに洗い流して、全てなかったことにしたくなる。せり上がるその気持ちをぐっと堪えて、思わず耳にはめ込んだイヤホンに手を触れた。

 あらゆる境界線の上を自在に歩き回るような、力強くも心躍るサウンドと求心力のある歌声が次第に気持ちを落ち着かせてくれる。
 大丈夫だ。徐々に心臓は落ち着きを取り戻し、視界に広さと明るさが戻ってくる。
 「…よし」
 小さく呟くと、余計なことに頭を占拠されないうちに残っていた身支度を手早く済ませて家を出た。

 始まりはこの日にすると決めていた。
 自分がこうすることの背中を押してくれたバンドのワンマンライブ。この日から始めようと決めていた。

 会場であるライブハウスに到着すると、フロアの前方は既に人垣で埋まっており、その後方をまばらに人が埋めているという状態が既にできあがっている。縮めた肩で人の間をすり抜け、隅っこに居場所を定めて開演を待つ。

 ここに着くまでの間、そして今も、ろくに顔を上げられなかった。もしも誰かの怪訝な眼差しと視線を合わせてしまったら、もう二度と立ち直れない気がしたからだ。

 場所が場所だけに既に会場が少し薄暗いのが救いだ。始まってしまえば、更に照明が落ちて、周りもステージに釘付けになる。より周囲の視線など気にならなくなるだろう。

 開演を心待ちにして、薄目で時が過ぎるのを待つ。
 やがて、時はきた。
 ふっと会場が暗転し、お馴染みの登場曲が流れる。会場が手拍子に包まれる。

 それぞれ個性の滲むシルエットが続々とステージ上に現われ、喝采を浴びる。
 パッと光がステージを照らした。同時に一斉に演奏が始まる。ワッとお客さんがステージ前に殺到すると、ゆったりとした足取りで赤を基調とした衣装に身を包んだボーカルが現れる。

 演奏と歌声が一体になった瞬間、ここに至るまで気に病んでいたあらゆることが一気にぶっ飛んだ気がした。
 なんて、パーフェクトなバンドだろう。
 まるで銀幕のスターのようにメンバーそれぞれが個性に裏打ちされた輝きを惜しみなく放っている。
 同時に、その個々の輝きが歯車のようにがっちりと噛み合って、初っ端からまるで大団円のような祝祭感すら醸し出す。
 出で立ちも立ち振る舞いも全く異なる五人であるのに、全員が収まるべき場所に収まっているというような凄まじい説得力。

 耳が吸い寄せられるような伸びやかさと多彩な歌声で空間を席巻するボーカル。どっしりとした低音を響かせながらもアグレッシブなベース。存在感抜群でスター性がほとばしるギター。煌びやかな音色で楽曲に目が眩むような色彩を与えるキーボード。そして、気品と爆発力両揃えの最強ドラム。

 完全無欠なバンドだ。彼らの音を浴びて、身体中が喝采の悲鳴を上げている。
 今、この瞬間に足りないものなど何もない。
 彼らの姿を目にするといつも湧き上がる感情がより一層、強い確信を持って迫ってくる。
 ふいに鳴り響いたある一曲のイントロに全身の細胞という細胞が息を吹き返したように沸き立った。
 自分の中にある核心たる思いを、そっくりそのまま預けたその曲が目の前でありありと、より説得力を持って立ち昇る。

 自分が何者か分からなくたっていい
 自分の生き方は自分で決めればいい
 なあ、そうだろう?

 ボーイズみたいなガールズ
 カールズみたいなボーイズ
 鏡は時々嘘をつく
 好きなように生きようぜ

 お守りのように、指針のように、握りしめてきた一節を思わず一緒に口ずさむ。いつでも大事に胸に秘めている方位磁石を再び握り直すように。
 ああ、やっぱり。彼らは最高だ。
 彼らのこの曲を聴いて、自分の心に従うことを決めた。そのことを誇らしく思うほど。
 彼らがパーフェクトなのは、彼ら自身が自分たちのバンドを誇り、お互いを誇り、自分たちがパーフェクトであることを誰に定義づけられることもなく、知っているからだ。
 誰に左右されることなく、ただ事実として心得ている。その揺らぎのなさに裏打ちされた自然体の強さに焦がれる。
 本当のところ、必要なものはそんなに多くない。
 彼らを見ていると自然とそう思える。

 美しく見せるためではなく、表現の一つとして、装っていたい。例えば彼らのように。
 その、誰に理解されるでもないであろう思いを持ったまま、好きにやる。

 君の最悪な人生のBGM

 その一節が耳に飛び込んできた瞬間、あらゆることが吹っ切れた気がした。彼らみたいなバンドがいる。それを知っている。それだけで他に必要なものなどあるものか。
 いつの間にかしっかりと顔を上げて、頭上に掲げた両手でステージに向けて拍手を送っている。
 誰の眼にも怯えず、気後れせずに顔を上げていること。今は、それが全てだと思った。



 パーフェクトボヘミアンズがどんなふうに見えていたか、残しておきたくて書いたものです。
 そうは言っても、パーフェクトな状態で実際に見ることができたのは2回のみなのですが、いつもあらゆる境界線をぶっちぎって、世界の中心にいる気持ちにさせてくれる心から好きなバンドです。
 今までも、これからも。
 今後も、パーフェクトという文言ではないにしろ、また別の黄金期がやってくる可能性を多分に感じさせるバンドであることは間違いないよなと思いつつ。

 最強ドラムをありがとう、千葉オライリー(と無法の世界)。本当に寂しいけれど。千葉さん、ありがとう、またね。そんな気持ちを込めて。

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