7/26 書き溜めエッセイ 同人という「癖」の開示

昔から二次創作の同人をやっている。初めてサークル参加でコミケに出たのは21~2歳位だった気がするので10年位経ってる。勿論ライター歴より長い。

オモコロでライターになってからもやっているが「いいのかな?」とはちょっと思っている。誰もやってないから。
同人やったり同人誌を出す人は居ても「コミケで二次創作を頒布」してる人はいない。大体コミティアとか文フリとか。

この「やってない」のが「今のオモコロにその手のオタクが全くいないから」なのか「それはダメだろと皆思っててやってない」なのかがわからない。
もし本当にダメだったらどっかから裏でこっそりげんこつを貰うと思う。そっと同人活動歴を消したりしたら全部嫌になったか頭にでっけぇたんこぶが出来ているかの二択です。

後顧の憂いなく創作活動をしたいなら一次創作をやればいい話なのだが、一次創作と二次創作だとそもそも燃料が違う。「あのキャラ、あの世界観で話を膨らませたい」という駆動方式は一次創作で補えるものではなく、そして決して出力で劣る訳でもない。

だから二次創作自体は恥ずべきじゃない(レギュレーションに則っていれば)と思っているのだが、もう一つ「いいのかな」と思っている事がある。

出ちゃうのよ。「癖」が。

「何をエッチに感じているか」という話ではなくね。「◯◯な子が××で××されるシチュ最高!!!」っていう意味の「性癖」ではなく。


「こういう話が読みたい!でもないから書く!」がスタート地点の人がいるのはわかってる。そういうの読むの好きだよ。
でも俺の場合「この要素でこういう話書きてぇ~」が原動力。
どう違うかというと、俺が書きたい話と全く同じ要素のある同人誌を他の誰かが作っていても読みたい訳じゃないし満足もしない。「書きたい」自体が欲求だから。話の「転」に当たるギミックを生み出すその瞬間の快楽というか。
でもその結果「あーこういう話が書きたいのね?」という「癖」が出るのがちょっと恥ずかしい。

まず一つ真正面からのイチャイチャみたいなの書くの恥ずかしい!というのがあったりする。だって俺がそういうの書いてるの見たら「へ、へぇ……」ってなるだろ。うるせえな見られる側の立場にもなれよ。
「作者の顔が浮かぶと抜けない」じゃねぇんだよ。俺だって好きで「私が作りました」シール貼ってる訳じゃねえんだ。

毎回一捻りした話を書いていて、その「グッ」とする部分こそが俺のやりたい事なのだが、「へーそういうのやりたかったんだ(笑)」という視線を感じるというか、自分が考えた必殺技の設定を発表しているような、そういう恥ずかしさがある。
あと最終的に一山越えたあとにいちゃつく流れにしがちなのも恥ずかしい。いいだろ別に自分で書く話がバッドだったりビターエンドにするのなんか嫌で困難乗り越えたあとには仲良くなってて欲しいタイプなんだよ。

さっきから二重人格みたいに話の主体性がウロウロしているが、実際二次創作してる時の俺は「なんか恥ずかしいな」と「うるせえ書きてえ」を反復横跳びしている。

オモコロとかnoteで書いている文章は何千、何万という人に読まれる前提なので誰に見せても恥ずかしくないものを書いている。
だから、自分が過去に書いた記事を見直しても「ここはもっと上手くやれた」と思う事はあっても「恥ずかしい」という気持ちにはならない。

でも同人誌書いてる時の俺は反復横跳びの最中に「書きたい!」に軸足がある瞬間だけ勢いで書くようなやり方をしている。
だから「なんかハズいかも」のフェーズに来ると「これ本当に面白いか……?」と思ってギギギ……となるし(これは同人書きが全員患ってる病気)
書き終わると「書きたい」の麻酔が切れるので過去書いた作品を見直すとミ゜って断末魔が漏れる。

こんなん書いてるとなんで同人やってるかわかんなくなるね。ちゃんと赤字だし。
でも楽しいんだよな。
だからぼちぼちやっていきます。
また俺のサークルで逢いましょうね、奇数回に
(冬コミしか出てないから)

【本日の裏メニュー】
ウマ娘「癖」キャラ3選

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