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【夢日記】回転寿司

寿司屋にいる。

寿司屋と云っても皿に乗った寿司がコンベヤーでくるくると運ばれているタイプの店だ。そういえば、最近、近所では全皿注文になって、コンベヤーでまわりつづけているタイプの店はなくなったな。廃棄が多く出てしまうからかな、などと、妙に冷静に思ったりした。

まわっている寿司のネタは、実際のところ、どれも廃棄にまわされても仕方がないような代物ばかりだった。ずいぶん時間が経っているのか、まわっているのは、どれも色が悪くてとても食いたいとは思わないような寿司ばかりだ。

コンベヤーのなかに立っているはずの職人さんの姿も見えない。顔を気持ち赤くした酔客が機嫌悪そうに寿司を頬張りながら、

「不味い上に、きょうは大将もいやしねえ」

と聞こえよがしにぶつぶつ呟いている。酔客は禿げ上がった頭にところどころ思い出したように短い白髪の生えた爺さんで、見た目はまったく似ていないものの、ぼくが小学生のころに亡くなった大正生まれのひい爺さんと同じ匂いがした。何の匂いなのか、衣服の防虫剤かもしれないが、それは確かに口の中からしてくる匂いのようでもある。長い時間をかけて生きてきた人間が、人生のお仕舞近くにまとう臨終の匂いなのだという思いがふっとこころに萌した。

ぽつぽつとカウンター席に座っているほかの客たちは、お仕舞の匂いすらしてこない。もうとっくに彼岸にいる者たちだったのかもしれない。どこを見ているのかわからない遠い目をしながら、無表情に、ひどい色のネタが乗った寿司をもぐもぐと咀嚼している。きょう屠られることを自ら知っている家畜が、彼の最後の食事である牧草をいつまでもくちゃくちゃと食んでいるかのようだった。

店員もいないのに、なぜか、ぼくは席につかなければならないようなこころ持ちがして、仕方なしに手近な丸椅子に腰を下ろした。寿司らしきものがまわってくる。この赤黒いのは一体、まぐろのつもりなのだろうか。

厭だ、と思うのに、勝手に手が伸びて安っぽいプラスチック製の絵皿を手に取る。皿はべとべとしていて、もう一秒たりとも触れていたくなかった。ほとんど「黒い」と形容してもよいくらい赤黒い、まぐろの赤身だったであろう切り身が、黄色っぽく変色した舎利に乗っている。鼻の曲がりそうな臭いだ。よく見るとコバエが一匹、切り身の腐臭に引き寄せられている。

厭だ、厭だ…と思いながらも、小皿の醤油にその寿司をちょんとつける。なぜか糸を引いているらしく見えたが、気のせいだと思うことにした。自分にはどうしようもないほどの猛烈な義務感に突き動かされて、ぼくはそれを口に恐る恐る入れた。ほんの少しのあいだでも舌に触れない時間がのびるように、本当に恐る恐る…。

…!

味蕾が脳にその味を伝える前に、寝室の毛布にいる自分に気づいた。腹の底から、あの寿司のような、どうにもよくない臭いがするような気がした。ストレス過多ででもあるのだろうか。

夜な夜な文字の海に漕ぎ出すための船賃に活用させていただきます。そしてきっと船旅で得たものを、またここにご披露いたしましょう。