見出し画像

【夢日記】戻れない

教室にいる。

ぼくは遅れて教室に這入り、後ろの入口にいちばん近い席にそっと腰を下ろす。公務員試験の一般教養について講義をしているようだが、理科に関する話らしく昆虫のさなぎについて講師が話をしている。何の虫だろう、前の席から気味の悪い大きな模型がまわされて来る。ふと、ぼくは自分の年齢に気がついた。おれはもう四十にさしかかるところじゃないか、そもそもこんな試験は年齢のせいで受けられない。果たしてぐるりを見渡すと、二十歳そこそこと思しき若者ばかり。急に恥ずかしくなった。受講生が問題に取り掛かるのに下を向き、講師が黒板の方を向いたところで、つと立ち上がって、たれにも気取られないように教場を出た。

こんな年齢になってから職を変えるわけにも行くまい。

いつのまにか建物の外に出た。矢張り学校だったらしい。ぼくが背を向けているのは旧校舎で、となりには新しい校舎がぴかぴかと光っている。眼前には大きな体育館があり、上の方の小さい窓から二、三人がいぶかしそうにこちらを見ているのがわかる。ばつの悪い思いで、ぼくはずんずんと体育館からも離れていく。途中で、なぜか若い男性教師が全裸でボディビルダーのようなポーズを取りながら児童に指導をしているところに出くわすが、見なかったことにしてどしどし進む。

急に、便意が襲ってきた。

腹が痛い。近くの新校舎に駆け込む。一階の便所に這入ろうとしたが、駄目だった。使用中だったのではない。むしろ、全部空いていたのだが、個室の中に見えていたのは低学年向けらしい、厭に小型に出来た便器であった。これではとてもぼくの尻を載せることはできまい。仕方なく、上の階に向かうことにした。

便所の案内板が出ている。助かった。しかし、果たしてそこは職員室のなかであった。職員室に這入ってすぐ、中程辺りに、便器がひとつ置かれて在る。簡単な衝立のようなものも在ったけれども、大きく隙間が空いていて困る。実際、右手の隙間からは机に向かっている中年の女教師の横顔が覗いている。あちらこちらから、パソコンのキイを叩く音、話し声、珈琲の匂い。そればかりではない。近くはホワイトデイの返礼なのか、いそいそと手製のクッキーにアイシングをほどこしている男性教師までいる。とても用を足すどころではなく、仕方なくぼくは立ち上がることにした。

つかつかともっと落ち着いた便所を探し求めて校内を歩き回っていると、何人かの児童の集団と擦れ違った後にぼくは校舎全体の案内表示を見つける。新校舎と、児童には閉鎖されている旧校舎がある。旧校舎は、それでも、最初の教室のようにまだ使うこともあるらしい。もう一度そちらに戻って便所を探そうかしら。そうも思ったが、どうしても戻るのに抵抗がある。なぜかはわからない。けれども、どうしても戻れない。いったん引っ込んだ便意がまた迫ってくる。しかし旧校舎に戻るわけには…

…と思ったら、ソファの上で毛布にくるまっている自分に気づく。現実世界で便所から帰ってくると、晩飯の後、つい今の今まで眠っていたことに気づいた。嗚呼、転勤先でちょっと疲れているのだろう。けれども、きょうも早出である。ぼくは出勤の準備に取り掛かった。

夜な夜な文字の海に漕ぎ出すための船賃に活用させていただきます。そしてきっと船旅で得たものを、またここにご披露いたしましょう。