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【夢日記】急患

ぼくは大きな病院のロビイにいる。

ロビイは広々として、清潔で、白を基調として、ぴかぴかしている。ぼくはだれもいない、がらんどうのロビイでただ待っている。

すると、大きな自動ドアーが開いて、幾人かロビイに入ってくる。

父親、母親と思しき中年の男女。胡麻塩頭で無精髭の、短髪の老人。それに五歳くらいの男児がひとり。一様になにかに焦っていて、大声で口々になにか云っているが、ぼくにはその意味がよくわからない。

彼らは自動ドアーのゆっくり開くのにも我慢がならないと見えて、手でばんばんやっていたが、少し開いた途端に隙間から滑り込んでくる。

そのとき、ふとぼくの背後でピンポン、と鳴る。

それは鉄道の駅の改札に据え付けてある改札機だ。ロビイにはぼくら以外だれもいないのだが、ピンポンと鳴って、それはだれかを制止しようとしている。

ぼくのすぐ後ろには、頬を紅潮させて口々に怒鳴っている家族がモウすぐそこまで来ている。

ことばがわからないから、何と云ったものか少し悩んだが、どうせわからないので、ぼくはぼくの言語で以て大きな声で彼らを制止する。

「大丈夫。モウ大丈夫ですから。落ち着いて」

大丈夫。モウ大丈夫…なにが大丈夫なのかしらん。大きな声で云っている自分自身にもその真意はモウ一つ不明瞭で、朦朧としている。

ぼくの制止にもかかわらず、母親と老爺は顔を真ッ赤にして怒鳴り散らしている。父親は、息子と同じような目つきで恨めしそうに、しかしいまは無言でぼくの方をにらみつけている。

「大丈夫です。あなた方ほど、思っていることがハッキリ伝えられるのなら…」

然うだ。

この先に進むのは、ぼくみたいな意気地なしでなければならぬ、とぼくは突如として了解する。

云いたいことさえマトモに云えぬ意気地なしが、こころのなかに云いたいことを溜め込みすぎて、引かれていく場所がこの先にあるような気がする。

ぼくは歩を進める。背に罵声を浴びながら。

それまで赤いラムプが点いてピンポンと鳴り、進む者を拒んでいた改札機が、今度は緑に点灯して、ぼくを前に進ませてくれる。

改札機を通ると、「本当にこれでよかっただろうか」と云う後悔のような念も湧いてこないことはないが、あれだけ喚き散らしていた家族がいまでは全員あの恨めしそうな目つきでこちらを黙ってみているのと目が合って、ぼくはそそくさと前進する。

銀色の無機質で無愛想なエレベーターの扉の前に立って、僕は上階への釦を押す。

この先、六階にはいつもの

…と云うところで目が覚めた。

最近は昼夜の寒暖差が激しくて、夜に毛布をかけて眠りに就くと、朝にはじっとりと厭な汗をかいて目を覚ます。

時間外に大きな病院にやってきた急患。あの家族はそれほどでもない症状で「明日にしてくれ」と云われ、ぼくだけが急患として中に通された…?

…フン。

好い齢をして夢占いでもあるまい。

夜な夜な文字の海に漕ぎ出すための船賃に活用させていただきます。そしてきっと船旅で得たものを、またここにご披露いたしましょう。