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【夢日記】厭な昼食

舞浜の夢の国へ。

最後に此処に来たのは上の娘がまだよちよち歩きだったころのことで、もうほとんど思い出すこともできない。今回いっしょにいるのは、しかし、家族たちではない。太っていてオタクっぽい男友達といっしょなのだが、どうしても名前が出てこない。まさか「友人」に「名前何だっけ」と聞くこともできず、仕方なくそのまま園内へ。

友人は「嗚呼、腹が減った」と云い、われわれは特にアトラクションに乗るでもなく、レストランに這入る。夢の国にしては、田舎のショッピングモールのフードコートか、古い大学キャンパスの学生食堂といった風情で、やけに小汚い。食事時ではないのか、客の姿はまばらである。友人はいそいそと食券を買い求めて、カウンターに向かう。せっかく来たのだから和風きのこパスタを食べるのだ、と云う。いったいなにが「せっかく」なのかと思ったが、余計なことは云わずにおいた。

「お待たせいたしました。12番、和風きのこパスタの方」
「……」

友人はなぜかカウンターのところに黙って立ち尽くしており、いっこうに受け取ろうとしない。「おい」と友人に声をかけるも反応がない。「おい」と再度声をかけると、動画の読み込みが巧く行かないときのようにカクカクと変な動きをして、受け取り、いそいそと席に就いた。

「お待たせいたしました。13番、中華丼の方」

だれも取りに来ない。と云うよりも、いつのまにか先ほどまで何人かいた食事客もだれもいなくなっていた。

「13番、中華丼の方。お客さま、あなたのでしょう」

シミだらけの調理服に身を包んだパートのおばさんがぼくにそう云った。食券を買った記憶もなかったし、特に中華丼を食べたいとも思わなかった。しかし、おばさんは「先ほどいらしったお客さまとごいっしょでしょう。早く半券をお出しな」と云う。「半券など持っていない」と答えると、「左手に持っておいででしょう」と云う。果たして、ぼくの左手には乱雑に半分千切り取られた食券があり、そこには「13 チュウカドン」と書かれていたので、「あいすみません」と云ってぼくは仕方なく中華丼を受け取った。

「中華丼」は青いプラスチックでできた、四角い奇妙な食器に入っていて非道く食べづらそうだった。小学校の理科や図工の教材にでもありそうな代物で、とうてい食器とは思えない。それでも、オレンジ色のトレーにその中華丼を載せて、こぼれた麦茶だの、食べ物の染みだのがついた汚らしい食卓に就いた。

友人は不満そうに「遅いぞ」とこぼした。そして「中華丼も旨そうだなあ」と云った。そうだろうか。目の覚めるような青い箱に入ってもうもうと湯気を立てる餡掛け。紫色をした烏賊下足の断片ばかりが目について、ぼくはちょっと食欲が出そうになかった。のみならず、容器の端には汚らしく餡がへばりついていた。

「何か腹減ってないから、旨そうならこれも食べるか」と云うと、友人はやたらと嬉しそうな顔をした。それにしても彼はいったいだれだったろうか。そして友人は和風きのこパスタに取り掛かった。しかしフォークや箸も無く。やにわにパスタの盛られた皿に顔を突っ込んでがふがふと貪り喰った。「これからどうする」と話を向けようとしたけれども、それはできない相談だった。あっと云う間にパスタを平らげた友人は、今度は手掴みでがつがつと中華丼を口に運んでいたからだ。なにをそんなに慌てているのか。湯気の立つ餡に素手で触れて熱くはないのかしらん。大方そんな塩梅式のことを思っているうちに、友人の昼飯は終わったようだった。

食べ終えた友人は右手と口のまわりに米粒だの餡だのがたくさんついていて、肥満した躰を包むシャツにも無数の染みがあった。全体、どういう事情で此奴と夢の国を廻る羽目にぼくは陥ったのか。思い出そうとしても皆目見当もつかない。

「あッ…」

…その友人の名前を思い出したと思ったその瞬間、布団にいる自分に気がついた。ここのところ、どうも胃の辺りがむかむかしていけない。

夜な夜な文字の海に漕ぎ出すための船賃に活用させていただきます。そしてきっと船旅で得たものを、またここにご披露いたしましょう。