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【夢日記】忘れ物

疲れ切った体を引きずって、自宅の玄関口にたどり着く。

仕事ではなかったはずなのだが、おれはどうしてこんなにもくたびれているのか。またぞろ飲みすぎてしまったのかしらん。頭が痛くてどうにも思い出せない。

ポケットに突っ込んで鍵を探る。

鍵束がじゃらじゃら云いながら出てくる。……。おかしい。家の鍵がない。どこに行ってしまったのか。念の為、「これはちがうだろう」という鍵も全部挿し込んでみるが、当然どれも合わず扉は開かない。玄関のベルを鳴らしてみるも、誰も出ない。こんなときに限って、家の者は皆出払っているらしかった。

仕方なく、携帯電話を探す。……。それもない。財布も見当たらないことがわかった。ついでにとんでもないことが判明した。携帯電話や財布はいつもスラックスのポケットに入れてある。しかしながら、きょうはスラックスそのものさえ忘れている(!)自分に気づいた。上はワイシャツにちゃんとネクタイまで締めて、背広の上着を羽織っている。それなのにスラックスは履いておらず、下を見ると下着に靴下、革靴だけ。気づいたら、急にすうすうとしてきた。

やけに喉が渇く。

鍵束に車の鍵はついていたのを幸い、いったん車に乗り込むことにした。ことによるとスラックスもそこに脱ぎ捨ててあるのかもしれない。

すんなりと鍵は開いたが、今度は車内がひどく暑い。エンジンをかけようとしたけれども、ちょっとかかっただけで、すぐに止まってしまった。ガソリンやらバッテリやらが切れてしまっているようだ。仕方なく運転席の背もたれを倒して、ドアを半開きにする。

そういえばいま何時だろう。勤務時間だ。確か年休の申請はしていなかったのだから、統括や上席にきょう休むと報告しなければならないが、どうやって連絡をつけようか。焦りを感じたが、移動できず、携帯電話もないし、家にも入れないのだから、打つ手はない。そう思うと焦りはすぐに諦めに変わった。それにしても、頭が痛い。

自分の酒臭い呼気にむせ返りそうになりながら、必死に前の晩のことを思い出そうとした。スラックス、スラックス…ああ。思い出した。少なくとも断片的には。

灰色のスラックスが、汚物にまみれている映像が頭に浮かんできた。それがこぼしてしまった酒だったのか、それとも吐瀉物や排泄物の類だったのかさえ思い出すことはできない。記憶は覚束ないけれども、それをどこかに脱ぎ捨ててきたような気がする。正気の沙汰ではない。こんな恰好でいったいどうやってここまで帰ってきたのか。

……。
それにしても、車が動かなくても電車に乗っていけば済むのではないか。

はてな。おれは春に転勤して以来、毎日車で1時間かけて2つ向こうの町まで通勤するのではなかったか。転職してからというもの、電車や定期券とは無縁の毎日だ。それに、いま休むのなら、話をつけるのは塾長だ(いまは田舎町で高校生に英語を教えるのがぼくの本業だ)。統括だの上席だのというのは、前職に転職したばかりのころの上司たちである。

……してみると、本当かと思いかけたが、これはまたいつもの後味の悪い夢なのではないか。しまった、またやられた、と思ったところで、季節外れにもかかわらずまだ居間に片付けずに置いてあるコタツのなかで目を覚ました。

ずっとコタツで眠ってしまっていたのか、ひどく喉が乾く。起き抜けの麦茶がうまかった。もちろん、自分は上下とも着衣の乱れはなく、まだまだ就業時間前であった。

夜な夜な文字の海に漕ぎ出すための船賃に活用させていただきます。そしてきっと船旅で得たものを、またここにご披露いたしましょう。