見出し画像

【夢日記】新人

わが社にも新年度から新人が配属されてきた。

大学院に行ったり、よそへ就職しようとしてうまく行かなかったり、資格を取ろうとしていて勉強する時期があったりとかで、三十路を過ぎているのであるが、新人は新人である。

その日は、事務所の天井からひっきりなしに落ちてくる虫を駆除していた。春になるとこれだから、古い事務所は困る。社がさっさと移転か建替えでも検討してくれたら好いのだが、現在の売上ではそうもいかないのだろう。

授業に使う教材を打っていたのだが、頭の上でもキイボオドの上でもところかまわず天井から虫が落ちてきて敵わないので、仕方なくぼくは虫を潰すことにした。

「ちょっと君、手伝ってくれないか」
「ええ、なにをすればいいですか」
「なにをって、この虫だよ。これじゃあ仕事にならない」
「そうですね。で、なにをすればいいんですか」
「だからさ、わかるだろ。虫を退治するのを手伝ってくれ」

新人は露骨に不満そうな顔をする。真新しいスーツだの何だのが汚れるのが不満なのだろう。虫を潰すのもいかにもおっかなびっくりという手つきだ。

ぼくはそれにかまわず、ずんずん虫を退治していった。素手で虫を潰していく。ぷちぷちと厭な音がして、感触が手に伝わってくる。虫の脚だの触角だのといった残骸が四方に散って、却って散らかってしまったようにも見えるが、まあ後で掃除機で吸い取れば問題ないだろう。それにしても新人はのろのろと虫を潰している。否、虫を怖がって潰してすらいないのかもしれない。

「おい、君。そんなことでは日が暮れてしまうぞ」
「すみません。虫には不慣れなもので…」
「そんなことでは困る。頼むよ、本当に」
「でも、虫の駆除なんて入社時の契約には入って…」
「やかましい!いいから、潰してくれ」

思わず声を荒らげてしまった。契約に入っていないのにやらされる仕事なんていくらでもある。しかし、新人はわが社での仕事が社会人生活の遅まきながらの始まりだった。仕方ないか、と思いなおそうとしたとき、

「そこまで云わなくても好いだろう」という声が聞こえてきた。隣のシマの先輩社員である。

「…そうですね」とぼくは渋々応じた。
「大体お前にしても新人のころには…」とお説教が始まる。
新人はそれを横目に口許を歪めていた。

事務所の古めかしいテレビからは、場違いな朝の情報番組が流れている。回転寿司でもっとも原価率の高いネタを紹介しているものであるらしい。そんなことを客が気にしてどうするのか。客は自分が食べたいものを素直に食べればそれでいいじゃないか。

…とそこまで思ったところで、気がついた。

わが社の事務所にはテレビなぞ置かれていない。そもそも、業種から云って、朝の情報番組を見られるような時間に会社にいるはずはない。なぜに、こんなにも虫が天井から落ちてきているのか。

またやられた。

居間のソファで目を覚ます。頭の上ではテレビから回転寿司を特集する番組が流れていた。

夜な夜な文字の海に漕ぎ出すための船賃に活用させていただきます。そしてきっと船旅で得たものを、またここにご披露いたしましょう。