鉄オタくんの反抗期と、最後のパタパタ
親友が、息子の反抗期に悩んでいると言う。
まぁ中学生にもなれば、反抗の1つや2つもあるだろう。どんなもんかと聞くと、
「飛び蹴りされている」
とのこと。
なかなか深刻そうだ。
「産み育てた、実の息子に飛び蹴りされてるわたし。どう思う?」
と言われ、その日のわたしたちのでんわは4時間にも及んだ。
親友はシングルマザーで、看護師として働きながらひとり息子を育ててきた。
そんな母を息子が飛び蹴りしているという。
ここではそんな反抗期の彼を、愛をこめて”テツオ”と呼ぶことにします。
テツオは、小さい頃から筋金入りの鉄道マニアだった。
電車に限らずバスなんかも好きなので、乗り物全般オタクなのかもしれない。
わたしは結婚して、地元の大阪から関東に引っ越した。
離れちゃったけど、ふたりはたびたびウチに泊まりがけで遊びにきてくれた。
その際も、テツオは普段見ることのできない関東の電車に大興奮。
ぶあつい時刻表を片手に、
「中央線の発車メロディーを録音したい」
とか、
「鶴見線(ローカル線)に乗りたい」
とか。
来ると必ずウチのダンナ、ウチの息子、テツオの3人でいろいろ出かけておりました。
(わたし、ウチの娘、親友、の女チームは家でのんびりしてた)
そうやって和気あいあいとしてたのはテツオが中1の春くらいまで。
それから2年ほど会っていなかった。
聞けば中1の冬から、激しい反抗期に突入したらしい。
「きっかけはあったん?」
「はっきりとはわからんけど、もしかして…」
中1の冬に成績が下がったらしい。
それを怒った。それだけ。
「それだけ⁉︎」
てことは、まぁそれはただのきっかけで、原因ではないんだろう。
そういえば、アグネス・チャンさんがテレビで言っていた。
成長期には成長ホルモンが過剰に分泌され、自分の感情が抑えきれなくなったりするそうだ。
それは子供のせいではない。ホルモンのせい。
ということを、子供にあらかじめ念を押して言っておくと良いらしい。
これだ‼︎ と思ったんだけど…
「もう手遅れやし」
「せやな」
暴れて手をつけられないときがある、とか、壁を殴って穴が開いている、とか、大声でののしられる、とか……。
聞いてると胸が痛くなってくる。
彼女が言うには、やっぱり二人きりだからお互い逃げ場がない、とのこと。
モノを投げ出して危ないときは、夜中まで車やガストに避難することもあると言う。
学校の先生に相談してみると、
「そんなふうに見えない。学校では勉強もまじめにやってるし、友達もいるし」
と驚かれたようなので、暴れているのは家だけらしい。
まぁそういう歳頃なんだろうか。
ママに甘えて感情をぶつけているってのもあるだろうし。
とりあえずもうすぐ受験だし、徐々に落ち着いてきたらいいなぁ、ということで、その日はでんわを切った。
それからしばらくしたある日のこと。
「頼みたいことがある」と、やけに改まって連絡がきた。
頼み事とは、、
「京急川崎駅にあるパタパタの動画を撮ってほしい」
ということ。
パタパタというのは駅のホームにあるアナログな案内表示板のことで、コレ⇩
このパタパタが、もうすぐなくなってしまうとのことだった。
今現在、ホームの発車案内表示はほとんどが電光掲示板。
唯一残っていたのがこの京急川崎駅のパタパタらしい。
日本で最後のパタパタが、ついに時代の波にのまれてその役目を終えてしまう。
このニュースは、全国の鉄オタたちのあいだでセンセーショナルに駆け巡った(らしい)。
わたしからしたら正直どうでもいいニュースなんだけど、テツオにとっては一大事。
どうしてもその最後の雄姿を画像に納めたい。
しかし遠い。
受験シーズンだし行けない。
そこで白羽の矢が立ったのがわたし、というわけだ。
親友は、
「近距離に住んでるからって、そんな面倒なことを頼むのは忍びない…」と、最初はためらっていたらしい。(しかしテツオからの圧力に負けた)
「今、それしか会話ないからな」
とため息をつく彼女。
「最近、反抗期はどう?」
「この前も、すんごい暴れて…」
洗濯物を全部いっしょに放り込んで回したら、分けてるものがあった! と、怒り出したらしい。
中学生男子らしからぬ怒り方でよくわからないが、今まで以上に大暴れしたという。
手あたり次第モノを投げまくり、危険な状況に。
でもその日はしごとでとても疲れていたため出て行くのは避けたい。
そう思った彼女はとっさに…
過呼吸になった。
いや、過呼吸になったふりをしたらしい。
「わたし看護師やろ。そんな患者いっぱい見てるから、迫真の演技ができるわけよ」
するとテツオもさすがにクールダウンして、焦って心配し始めた、と。
「ちょっと、大丈夫…?ごめん」
「なんか袋…ハァハァ、袋とってきて(しめしめ)」
こんな感じでその場は収まったそう。
「看護師なめたらアカンで‼︎」
「いい方法、思いついた」
「これからコレでいくわ」
と、解決方法(?)を見出したようだ。
母というのは過呼吸の演技までしなくてはならないのか…と、わたしは将来を案じた。(このとき息子は小4)
なにはともあれ次の休みに、京急川崎駅へ向かったのでした。
親友に大量のパタパタ画像を送った次の日のこと。
わたしのインスタグラムにダイレクトメッセージが届いた。
誰かと思えばテツオからだ。
おぉ〜なんて律儀なメールだ。家で暴れている子とは思えん。
我が家に来たときはダンナがよく手料理をふるまっていて、テツオは「おいしい、おいしい」とたくさん食べてくれた。
(ウチのダンナは趣味が料理)
それ以来、ダンナの料理をアップしているわたしのインスタをフォローしてくれていたのだ。
「テツオからインスタでお礼のメールきたよ」
と報告すると、
「え‼︎ そうなん⁉︎ 」
と、親友は知らなかった様子。
どうやらテツオは自分の意思でわたしにメールをくれたらしい。そんなちゃんとした子は大丈夫な気がする。
「パタパタの動画は繰り返し何回も見とった~。すごい喜んでたわ〜。ありがとう」
「お安い御用やで」
パタパタをきっかけに、久しぶりにまともな会話ができたと聞いてわたしもホッとした。
撮りに行った甲斐があったなぁ。
静止画も動画も、登り表示も下り表示も、おばちゃんがんばって撮りました。
人目も憚らず、がんばって撮りました。
わたしは反抗期のことには触れず、”親戚のおばちゃん”感に徹してメールを返信した。
テツオは高校に合格した際も、メールで報告してくれた。
高校では野球部に入ったそうだ。
部活で発散するからか、反抗も少し落ち着いてきた様子。
歳とともに成長ホルモンも少し落ち着いたかな。
親友も飛び蹴りされなくなってひと安心。
子育てはいろいろあるよね。
またふたりで遊びにきてほしいなぁ。
そしたらたくさん手料理作ります。(ダンナが)
京急川崎駅のパタパタさん。
最後に、ある親子のためにひと仕事してくれました。
ありがとう、そして、長年お疲れさまでした。
最後までお読みいただきありがとうございます!もっとがんばります。