サイデフ

CyDEFの赤い鳥居

ちょっと奇妙なマークである。赤い鳥居にうねる波、羽らしきものが宙に浮かんでいる。10月9-10日に東京・六本木の政策大学院大学(GRIPs)で11日には横須賀のYRPに会場を移して開かれたサイバー・ディフェンス・ワークショップ(略称・CyDEF)のシンボルである。

2016年の米大統領選で、ロシアがサイバーとリアル両面から大規模な選挙干渉を行なったことは、トランプ大統領がいくら「魔女狩り」だとムラー特別検査官のチームを封じ込めても、インテリジェンス社会では既定の事実になっている。同年に起きた英国のEU(欧州連合)離脱の国民投票でも、ロシアがサイバー攻撃をしていた形跡があり、その後も仏大統領選はじめEU各国で極右が躍進、さまざまに偽装を凝らしたロシアからとみられるサイバー攻撃が常態化していることは、ネット・セキュリティー業界の常識だ。

もはやネットの戦場では有事と平時の区別がない。NATO(北大西洋条約機構)は、90年代にロンドン駐在だったころに何度か取材したが、そのころはまだサイバー攻撃などがなく、もっぱら地上戦とミサイル配備、核拡散といったリアルな兵器と戦略が中心で、現代のようなサイバーとリアルを組み合わせたハイブリッド戦略は姿を見せていなかった。NATOのサイバー防衛の本拠であるCenter of Excellency(この響きがいい、単なるHeadquarterでは昔風のリアルな司令本部のイメージ)が、バルト三国のうちのネット先進国、エストニアに置かれていて、そこからこのワークショップにNATOの軍人専門家が来ると聞いて、六本木のシンポ会場に行ってみた。

「ストイカ」創刊号でIoT(インターネット・オブ・シングス)の楕円曲線暗号が、プレステのようなゲーム機とAI(人工知能)による機械学習によって破れる時代が来るという卓抜な記事を書いてくれた、元日立の数学者、後保範さんと、文春新書で「ダークウェブ」や「フェイクウェブ」の著作もある高野聖玄君を誘ったら、忙しい時間を割いてくれた。開会と基調講演が行われたメーン会場のメディア席には、主催者がこの3人の席を確保してくれて、椅子の背に「ストイカ」という紙が並んでいた。大手新聞などがほぼ一席なのでちょっと恥ずかしい。が、幸い、立食のランチでエストニアから来た制服組や、日本のサイバー・セキュリティー関係者と知り合うことができて大きな成果だった。欧米の制服組はぴんと背筋を伸ばしていて、姿勢がよく、エリートだけに受け答えもしっかりしている。

残念ながらチャタムハウス・ルール(英王立国際問題研究所ルール)が前提なので、誰がどんな講演や発言をしたかの詳細は書けない。しかし、ロシアのサイバー攻勢がまだ極東には向けられていないといっても、油断できない。attribution(属性=攻撃者は転送などで複雑な偽装を凝らすが、そのログや手口を解析して推定される攻撃者のことをこう呼ぶ)が朝鮮半島または中国と目される事例が頻繁に起きていることは実証されている。

ワークショップのセッションを渡り歩いて、聞いているうちにだんだん背筋が寒くなってきた。もし来年の東京五輪を混乱させ、日本に恥をかかせたいaggressorがいたら、その攻撃は防げるのだろうか。そうした攻撃が電力、交通などインフラにもたらすダメージは、想像を絶するものがある。

それはまた、ストイカが開拓しなければならない分野でもある。建前上、公的な情報機関が存在しない日本では、民間も単なるインフォメーション収集でなく、インテリジェンス機能を持たなければならないと信じるからである。ブレグジットと米大統領選でフェイスブックを使った干渉に関与したケンブリッジ・アナリティカをいち早く報じ、調査報道したのは、スイスのダス・マガツィーンや英国のガーディアン紙だった。

六本木のワークショップではまだサンドボックス(砂盤演習)でしかないが、日本にもCenter of Excellencyが必要ではないか。GAFAやBATHといった米中のプラットフォームが前門の虎だとするなら、官製ハッキング機関やその別働隊が闊歩するサイバー空間の攻撃は後門の狼にあたる。侵入者を防ぐゲートウエーをどう固めることができるか。

CyDEFのシンボルが赤い鳥居になっているのは、そのゲートウエーの意味だろう。そういえば、アニメ『天気の子』の陽菜も、代々木の廃ビルの屋上に祀られた小さな神社の鳥居をくぐった途端、すべてが一変した。

そこにニュースのヒントがありそうな気がする。




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ノンフィクション・ライター兼編集者。調査報道の最先端から、知的に「美しいメディア」を始めようと独立。翻訳、批評などウィングを広げ、めざすはA terrible beauty is born.