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私の人生を変えてくれた推しが卒業発表した

2020年2月7日、金曜日。
チームの飲み会で幹事として場を回しまくっていた中盤ごろだった。いつまで経ってもこない新卒の後輩からの連絡を確認しようとスマホを見たとき、私の目に飛び込んできたのは、推しからのツイート通知だった。

「卒業発表させていただきました」

「また若手が卒業発表したのかな?」と思ったのは一瞬で、「あ、推しが卒業発表したんだ」と理解した。別に突然の発表でもなかったし、早過ぎる卒業でもなかった。オタクだったからこそ、そろそろだろうと思っていたし、もう自分の幸せだけを考えてほしいと願っていたから、卒業発表は絶望的なものではなかった。

ただ、彼女を知って、好きになって、推し始めた高校2年生の冬からの7年間の出来事がドッとフラッシュバックした私は、なぜかひどく疲れを感じた。大好きなはずのハイボールがまったく喉を通らなくなり、「楽しそうに飲んでいるのがいい」と褒められていた私の顔は、ありえんくらいに引きつっていた。大好きな飲み会を人生で初めて“早退”する羽目となった。

長くも短くもある7年間、推しには色々なことがあったし、推しと出会った私の人生は冗談抜きで大きく変わった。感謝の気持ちとともに、激動の7年を書き留めておきたいと思い、キーボードを叩いた。

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今の仕事がしたいと思うきっかけになったのは、偶然推しが初めての選抜でセンターに立った曲のMVだった。その時は推しのことは好きではなかったけれど、映像を見て、私の将来の夢が決まった。高校も大学も、夢のために選んだ。大学受験の支えは、当初毎日更新されていた、推しが主人公の二次創作小説。大学に入ってからは、Twitterで趣味アカウントをつくり、初めて同志ができた。彼女を応援する人たちと知り合ったことが、転機となった。

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歳も職業もセクシュアリティも住んでいる場所も違う、普通に生きていたら絶対に交わることのない人たち。「推しが同じ」というたった一つの共通点だけで、ともに泣いたり笑ったりしてきた。それまで周りにアイドルが好きだと言えなかった。ブームの去ったアイドルが好きということ、推しがあまり世間から評価されていない風潮にあることもあり、胸を張って「好きだ」と言えなかった。

その頃、私は就職活動をしていた。70社にエントリーシートを出し、書類審査に通っても1次面接で敗退。就職活動は半年に及ぼうとしていた。学生時代に自分が本当に好きで熱量を込めてやってきたことは、オタ活だった。でも、そんなこと言えるわけがないと、やり切れず中途半端に終わったサークルの話を、ガクチカ(学生時代に力を入れてきたこと)として話し続けていた。

推しをひたむきに応援する同志たちは、どんなことでも自分の好きを貫いていた。自分が好きなもの、好きな人に対して素直だった。そんな素敵な人たちに囲まれているうちに、私は自分の好きなものをちゃんと好きだと言おうと思えた。

半ばやけくそで「私が学生時代一番力を入れてきたことは、アイドルの追っかけです」と話始めたら、まあウケた。いままでの半年間はなんだったのかと思うほど、面接に通るようになった。それはきっと、サークルの話をクソつまらなそうにしていた時の何十倍も私が楽しそうだったからだと思う。オタ活の話を一番面白がって聞いてくれて、初めて内定をもらった会社で今私は働いている。期初に午後休をとってライブに行っても、推しが卒業発表して飲み会をバックれても許してくれる素敵な人たちがいる会社だ。

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自分が本当に好きな人に好きだと伝えられるようになった。周りに拒絶されることを恐れて言えずにいた自分が大嫌いだった。自分の中の「好き」という感情に素直になることで、自分のことも好きになれた。それに案外、周りに拒絶する人なんていなかった。

推しへの心ない罵倒に、心底腹が立ったこともあった。悔しくて涙することもあった。ドラマの出演が決まったり、目指していた場所に連れていけた時は、現場でガッツポーズをして叫んだくらい嬉しかった。友人でもない人を想ってこんなにも感情が揺さぶられることがあるなんて、思ってもみなかった。

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推しと出会ってから7年が経った。オタクと出会ってから5年が経った。
当時知り合った15歳の少年は、今年成人を迎えた。「お前が呑めるまであと5年もかかるのかーw」なんて言っていたのが遠い昔すぎる。かくいう私も、酒癖のとんでもない20歳の野郎から、今年で25歳の社会人3年目になる。当時、私のどうしようもない性格をちゃんと叱ってくれたのも、オタクたちだった。

初めて握手会に行った高校3年生の夏、「いつか一緒に仕事がしたい」と言った私に、推しは「待ってるね」と答えてくれた。私はまだその夢を追い続けている。

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ここまでの出来事は、推しがいなければ起こらなかった変化だ。推しが出会いを繋げてくれた。繋がったオタクたちと関わることで、私の人生は変わった。

2020年2月8日、推しが卒業発表をした。
推しは、自分に誠実でいることを教えてくれた。推しは、夢を与えてくれた。推しは、かけがえのない仲間を繋げてくれた。推しは、私の人生を変えてくれた。

9月、名古屋で卒業コンサートが行われる。行き帰り夜行バスで、日帰り弾丸遠征を行なっていた時からずっと決めていたことがある。

「推しの卒業コンサートの時は、名古屋を一望できるいいホテルに泊まる」

楽天トラベルで、今まで泊まったことのないような値段のホテルの予約ボタンを押した時、目頭が熱くなった。

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