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時代遅れ【小説】


 
懐中時計が箪笥の向う側へ落ちて一人でチクタクと動いておりました。
 鼠が見つけて笑いました。
「馬鹿だなあ。誰も見る者はないのに、何だって動いているんだえ」
「人の見ない時でも動いているから、いつ見られても役に立つのさ」
 と懐中時計は答えました。
「人の見ない時だけか、又は人が見ている時だけに働いているものはどちらも泥棒だよ」
 鼠は恥かしくなってコソコソと逃げて行きました。

鼠がいってしまった後、懐中時計は静かに拾い上げられるのを待っておりました。
女中が見つけて、手に取りました。
「こんなところに落ちていたの。探したわ。」
「でもあれかしら、近頃ご主人さまは、海の向こうからきたというピカピカの腕時計をよくしてらっしゃるわ。なんでも人が見てる時にだけ時をしめすからくりになっているというから、長持ちするし、それにずっと軽いんだとか。」
女中は懐中時計を少し手の中で転がした後、箪笥の中にそっとしまいました。
「泥棒でも人の役に立てる時代がきたのだな。」
部屋の中に、チクタクと秒針音がわずかに響きました。

この物語は、『懐中時計』(夢野久作. 青空文庫)に加筆する形で描かれました。

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