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映画「ドクター・スリープ」感想

※※※壮大にネタバレあります。※※※

これはもうすでに終わっている物語。

開始30分でダニーがビリーに言う

「助けが必要だ」

ダニーは40歳を超えて家族はいない、職もなければ金もない、友人もいない。孤独なアル中だった。ただそれが自分の力だけで(ハロランがそばにいるけど、決めたのはダニーだ)そこから抜け出すことを決意し、また実際に抜け出すために新しい街に来た。

会って間もない人に「助けてくれ」というのは非常に難しい。

さらに幼いときに心に深い傷をおい、生涯人を信用することに根本的な問題を抱えている人にとっては、人に内面をさらけ出して助けを乞うということは非常に難しい。

普通物語というのは人の成長を描く。

成長というのは二種類あって敵を倒したとかお金持ちになったという実際的なもの、そしてもう一つは心的成長。

通常2つはセットで描かれる。

ところが「ドクター・スリープ」では冒頭でダニーは成長しちゃている。しかも自力で。

普通ならここで終わるはずだが、ここから物語が始まる。私は気がつく。これはダニーの物語だと。

これは現実的な物語なのだ。超能力も、精神的な吸血鬼も出てくるのだが。

人はもしかしたら変わることができるかもしれない。今までの人生の過ちに気が付き、今日から修正することができるかもしれない。

しかしあくまでも変わったのは自分の内面で、彼もしくは彼女の周りの世界が一変するわけではない。

「この世界は飢えていて、悪い場所だ」とダニーが言うように。蝶のように華麗に生まれ変わってもこの汚い世界で生きていかなければならない。

ある意味吸血鬼たちは改心したダニーがアルコールや薬物の助けを借りずに向き合う現実の世界の辛さでもある。

しかし恐ろしい彼らすら本当の敵は彼らではない。

本当の敵は自分の過去にある。

だから彼は最終対決に自分の過去のトラウマの源泉である「シャイニング」の舞台オーバールックホテルに向かったわけだ。行き方を変えたダニーはようやく自分のトラウマと向き合う準備ができた。

ホテルで彼が相対したのは幽霊たちだったか?

答えは否だ。幽霊たちはダニーの頭の箱の中だからだ。

彼が会いに行ったのはバーテンダー、もといバーテンダーのロイドに化けた父親ジャックだった。

感動の再会で父子の間に会った長くて辛い隙間がうまる、ということにはならなかった。ここは辛い。ジャックは悪霊になってホテルにとらわれたままになっているのか。(しかしジャックは他の幽霊たちと違って悪霊となっても一度もダニーの前には現れてないんだよな、泣ける。)

ここで二人の問答の軸になっている言う酒というのは人生に対する考え方、生き方の問題である。

シラフで生きるか、酒(なにか)に頼って生きるか。悪とはそそのかすもの。アンディが言葉で人を操るように、キングの作品はどれも基本的に自分との戦いだ。よく二元的と揶揄されるがそもそも善対悪の構図を個人の問題に落とし込んでいる故に単純な勧善懲悪の英雄譚以上に複雑な物語になっているのだと個人的には思う。

ジャックは弱く、酒に溺れ家族にDVも働いた。それ故悪に魅入られた。ダニはー違った。まさしくこの暴力と悪の連鎖を自らの意思(実は彼の武器は輝きではなくてこれだ、だからキングの作品では誰でもヒーローになり得る。)で断ち切った。

一度はローズに狙われるエブラに「頭低くして隠れていろ」と言ったダニーは、ホテルに隠れていた父親と対峙。悲しくやりきれない再会だったが、トラウマを解消した。

父親の代わりになったのがホテルの料理人ハロランだ。死後もダニーの師匠、親代わりになっていた彼との別れのシーン、私の聞き間違いでなければ「息子よ(son)」と話しかけていた。父親から得られなかったものを、別の形で得られたのかもしれない。

最後はボイラーを暴走させ、日に包まれるオーバールックホテルと運命をともにするダニー。エブラに力の使い方を伝え安らかに死んでいく彼だが、個人的にはやはり悲しい。アル中の父親に虐待され、ホテルでは殺されかけ、母親と二人で(おそらく)豊かではない暮らしをし、常に悪霊の命を狙われる。父親から愛されていないのでは?という疑念は彼の人生を常に暗いものにした。誰とも絆のある関係を作れず(ローズたちは自らを真の絆と称した)孤独な生活を送っていた。いわばずっと不幸だった。一念発起して幸せを手にしたのに、その最後はあまりに早くないか?結局ダンの魂はホテルにとらわれていて、そこから出ることは叶わなかったのか。ホテルからほんとうの意味で出て、そこからダンの人生が始まるんじゃないのかよ!と思ってしまう。

キングは自身も元アル中であり、父親は幼い頃に失踪したままだそうだ。この物語は作者の経験と思いを反映した物語だ。父と子が永年のはてに和解して浄化される単純な話ではない。わかり会えない、地獄みたいな世界を自分の意志で切り開いていく話だ。だから私はダニーにはまだ生きてほしかった。

「シャイニング」原作ではホテルは焼け落ちたはず。だからこの映画版「ドクター・スリープ」はおそらくその原作とは少し異なり、キングが気に入らなかったキューブリックの映画版の「シャイニング」のキングの不満を解消しつつ物語を補完して、その続編としてきちんと風呂敷を畳んだ、という形だろう。面白かった。

手放しで大絶賛というわけではなくて、いくつか気になるところはあって。ひとつはローズがどうしても噛ませ犬というか引き立て役になっているところ。19番の少年を殺すあたりは非常に良いのだけどやや魅力が足りない。

もう一つはホテルについてからがあまり新しい要素が無い。これは原作というよりは映画(映像化)の弊害か。キューブリックの「シャイニング」の続編なわけだけどほぼキューブリックの作ったアイテムをほぼそのまま使っている。新しい要素を加えていない。セルフ・パロディというかちょっと進展ないな…という感じ。

キューブリックはやはり尋常じゃないなということになるのだろうが、たしかに前評判通りキングの原作とキューブリックの逸脱を見事に折衷させてきれいに落としたなと。

#映画 #感想 #ドクター・スリープ

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