第6話「学校の授業とオーストラリアの学生ビザ」

出入国法令の授業は退屈だったけど、一つだけ役に立ったのは、業務渡航で必要になるビザの申請書類を実際に書き込んだ事だった。

担当の辻マサ子先生は大手メーカー内の社内旅行部署出身。10年間ビザ申請担当をして来た方で、ビザの申請書類の書き方や出入国カード、税関申告書のエキスパート。他に動植物検疫検査や予防接種、イエローカードやカルネ通関など等、日本人が海外に出国する際に関係する内容を教えていた。

カツヒロは２年生に進級する前、来年の春休みからオーストラリアのメルボルンに留学しようと計画していた。通常3か月以内の短期留学なら学生ビザを取らなくても観光ビザで入国が可能だ。しかし、カツヒロは専門学校を1年間休学をし、現地に9か月半滞在するつもりだったので、学生ビザが必要と言う事が分かった。

そんなわけで、先日、港区にあるオーストラリア大使館で申請書類をもらってきた。だけど、結構、英語が難しくて記入方法が分からない箇所がたくさんあった。だから、カツヒロは今日の授業の後、辻先生に書類の書き方を見てもらおうと思っていた。

「武藤君、これ旅行会社に頼んだら2万円ぐらい請求されるよ。」と辻マサ子は冗談ぽく微笑んだ。

殆どの学生がたいして勉強せずに、ただ卒業するための単位が取れればよいからと、授業中、お喋りばかりしている。珍しく自分の生徒の一人が真面目に、自力でビザの申請をする事がマサ子にとって少しだけ嬉しかったようだ。

通常、旅行会社や添乗員はツアー客が外国に入国する際に必要になる入国カードや税関の申告書を代筆すると、その取扱い手数料を請求する。だからカツヒロ達も授業でアメリカやシンガポール、韓国などの入国カードを実際に書かされたりした。

専門学校の先生方は旅行業界出身の実務経験者で、面白い話もしてくれる。

カツヒロが一番好きな笑い話は、入国カード(英文）のエピソードで、記入項目にSEXと言うのがあるけど、男性ならM、又はmale, 女性ならF、又はFemaleと書くのが正しいけど、添乗員時代の池田先生のお客さんで、SEXが性別の事だとは分からなくて「週2回」とか「Very Strong」と書いた男性がいたと言う話で、クラス全員が大笑いした。

一番好きだった授業はビジネスマナーで、理由は単純で先生が美人だったから。前期の授業はANAで元CAをされていた加藤先生。それまで、本物のCAを見たことがなかったから、やっぱりCAになれる女の人は普通の人よりワンランクからツーランク美人度が高い感じがした。

「加藤先生って独身かな？」

「どんな男の人がタイプなんだろう？」

「やっぱりCAさんと付き合うには、ステータスが高い男じゃないと、相手にしてもらえないんだろうか？」

そんな事を妄想しながら、敬語の使い方や名刺交換、ビジネスレターの書き方、上座と下座の違いなどを授業で習った。

後期の先生は、元アナウンサーの高橋先生。男子生徒にとって、アナウンサーやCAは憧れの対象。これに看護婦を加えたら結婚したい女性のベスト３に入るのではないだろうか？

退屈な旅行業法や約款、JR運賃料金の授業では、皆、寝てたり、誰かとお喋りしたり、先生の似顔絵をノートに書き込んだりしていたけど、高橋先生と加藤先生の授業をさぼる男子生徒はおらず授業開始前にきちんと着席していた。

高校を卒業したばかりの頃のカツヒロは、"スッピン”、"Tシャツ”、"ジーンズ”姿のような健康的な女の子が好みだったが、東京に暮らし始め、大人の女性を知るようになるにつれて、お化粧をして品の良い香水を漂わせる大人の女性へと好みがシフトしていた。

．．．。

カツヒロはオーストラリア大使館が指定する杉並区の病院で英文の健康診断書を発行してもらい、現地学校の入学許可証や銀行の残高証明書と共に大使館で学生ビザを申請し、無事にビザを取得した。

つづく。

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