他者への配慮
人間関係において他者へ配慮できるかどうかは、とても重要なことであるのですが、それができない人が多いのも事実です。
SNSなどで誹謗中傷を発信するのも、他者への配慮が欠けている行為ですが、それはやがてブーメランとなって自分に返ってくることも知らないのだろうし、何よりもそういう波動で生きていると、これから先は自分が苦しむことになるのがわからないのでしょう。
先日、面白いことを言っている動画を観たのですが、煽り運転というのは煽られるほうに95%原因があるということらしく、そのパーセンテージが正確かどうかはわかりませんが、確かに一理あるなとは思いました。
道南でよくあるのは、右折する際に右側に寄らず、車線の真ん中から右折しようとするから後がつかえてしまったり、二車線の道路で同じ速度で並走するから後から追い越せなかったり、追い越し車線を低速で走行したり、法定速度で走っているからと道を譲らない人もいます。
これも結局周りに対する配慮が欠けているということなので、極端な言い方すると自分さえよければいいという感覚の人が多いのでしょう。
都会は都会でクルマの台数も多く、イライラしながら運転している人も多いので、当然トラブルも増えます。
狭い道ですれ違う際に、どちらが道を譲るかで殴り合いの喧嘩になってるのを見たこともあるし、割り込んできた路線バスに対して、「俺の車線に入ってくるんじゃねぇ!」って怒鳴り上げてる若者を見たこともあります。
これも同じように配慮にかけたことではあるのですが、特にクルマの運転は性格が出るので、ちょっとした判断ミスや操作の手違いで事故につながることがあるので、本当に気をつけたいものです。
話を元に戻すと、他人への配慮って人間関係において、とても重要な気遣いであり所作だと思うのですが、これが自然にできる人もいれば、言われても変わらない人もいます。
でもハッキリ言えるのが、自然にできる人が新しい地球の住人であり、できない人は古い地球の住人ってことなのです。こういうちょっとしたことに気づけるか気づけないかによって、人間関係は変わるし社会も変わります。
他人に配慮できないというのは、他人のことなんかお構いなしということなので、そういう波動の世界に生きることになり、イライラしたりトラブルに巻き込まれたりもするでしょう。
まずは他人に配慮できる自分でありたいのと、そういう人たちが増えてバランスの取れた住みやすい社会にしていきたいですね。
自分がどうなりたいのか、どうありたいのかを明確にし、自分が生きる世界を創造していきましょうね。
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