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ずっと孤独だった理由がやっと理解できた

子供の頃からずっと孤独でした。
親からは愛されてたし友達も多かったのですが、めっちゃ孤独感を感じることが多くて、自分の居場所がないというか、言葉にすると「孤独感」でしかないのですが、言葉には言い表せない「孤独な感覚」がずっとありました。

特に満月の夜とか、眩しいくらいの月明かりを見ながら酒飲んだりしていると、どこかへ帰りたくなるんですよ(笑)
ん〜〜。なんか元いた場所へ帰りたいというか、ここではないどこか、出身地である惑星に帰りたい感じですね。
でもそれって普通に人に話したら、「あほか?お前」で終了する話ですよ。

やっぱりね、感覚的に独特なものを持っていたんだろうし、個性的といえば個性的で、わかりやすくいうと変わり者。
でもうまくカムフラージュできたので、人間社会に溶け込むフリはできたんですけどね。

学生時代には、みんなと一緒というのが納得いかなくて、校則で指定されてる靴を履かず、制服を着ないで学校に行ったりしてたし、社会に出てからも正社員が嫌いで、契約社員として働いていたレコード会社時代に、「正社員にならないか」と会社から誘われたのを断りましたからね。
上司からのアドバイスにより、とりあえず正社員にはなりましたけど。

当時はというか今もですけど、「正社員」にこだわる人たちがほとんどで、その意味が本当にわからなかったのです。なぜ正社員になりたいのかが。
昔はまだ終身雇用の時代だったので多少は理解できますが、大概の場合、福利厚生が充実してるからとか、収入が安定するからとか、寄らば大樹の陰的な、依存丸出しな感じが本当に嫌だったんですよね。

だから周りの社員の人たちと話をしていても、まるで価値観が合わない。
一緒に酒飲みに行っても、愚痴を含めて会社がどうのと言う話にしかならなくて、将来こんなことやりたいとか、こんな野望があるみたいなドキドキする話はまるでなかったんですよね。

だからやっぱり変わってたんです。
今もそれは変わらないんだけど、それでよかったと心から思っています。
なぜならそれが「自分」であり、そんな「自分」が好きだからです。

でも自分のことを好きと言えるようになったのは、ここ2〜3年ですかね。
それまでは気持ち悪くて自分のこと好きですなんて言えなかった(笑)
なんかいろんなことを許容できるようになった気がします。
物事をフラットに見れるようになったし、ジャッジすることもほとんどなくなったかな。

自分は自分だし、他人は他人。
なんだけど、他人に対してのリスペクトはめっちゃあって、決して他人を上から目線で見たり、排除することもありません。
縁がなくなっていく人を追いかけはしませんが。

周りと合わないからとか、理解してもらえないからという理由で孤独感を感じていたのだろうし、宇宙の法則がどうしたとか、地球の波動がとか、他の星から来た記憶があるとか言い始めたら、ほとんどの場合相手にされませんからね(笑)

でも自分が感じていることや気づいたことは、こうやってブログに残していくことは続けたいと思っています。
おそらく今後は共感してくれる人が増えるだろうし、変わり者でいていいんだって安心してくれる人もいるんじゃないかな。

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