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『YOUNG DONUTS』 スペシャル・トークイベント~ゲスト・松永良平

7月7日、七夕の日に西条のぱっきゃまらどで開催されたイベント『YOUNG DONUTS』。DJ / トークイベントのゲストに音楽ライターの松永良平さんをお迎えし、当イベント主催の高石椋くん a.k.a. キャベツ太郎と共に松永さんに普段のレコードとの接し方や買い方、これからのレコード屋のあり方などについて色々お聞きしました。(山岡弘明)


髙石「まず自己紹介からお願いします。」
松永「東京で音楽ライターをしています。松永良平といいます。」
山岡「広島市内のSTEREORECORDSでバイヤーをやっています、山岡弘明です。」
髙石「広島大学の大学院生で、ここでいつもDJをさせてもらっています。高石椋と言います。よろしくお願いします。
まず、今レコードをどのように買っているか、レコード屋に行ったときなにを見るか教えてください。」
松永「普段東京のレコード屋、ハイファイ・レコード・ストアでも働きつつ、音楽ライターとして仕事をしていて、ミュージシャンにインタビューをしたり、記事を書いたりしてます。
よく行く店があるというより、30分とか1時間で全部見れるお店が好きですね。量はあんまりなくてもいい。限られた時間でこのお店にあるのは大体見れるというところに行くのが好きです。で、そこで出会ったものをさくっと直感で買うのが好き。」

髙石「これがいいかもっていう基準みたいなものはありますか?」
松永「レコードでDJすることが多いから、これはかけたいなっていうのもあるし、この曲を見つけたからどういうふうにかけられるかなと思って買うのも多い。ただ、ご存知の通り今は新譜のレコードがすごく高くて4000円、5000円するから。」
髙石「確かになかなか手が出せないですよね。」
松永「湯水のようには使えないし選ばないといけない。もちろん昔からレコード屋さんに行くと、選んだレコードが自分の予算以上になっちゃうことがある。でも、最近は新譜が高いから割とその辺の割り切り方がはっきりしていてるかも。だって、3枚買ったら1万2000~3000円になっちゃうわけでしょ? それはどう考えても自分の買い方としては健康的じゃないから、もちろんどうしても欲しい新譜は買いますけど、全体はリーズナブルな中古盤を軸に組み立ててるという感じ。」
髙石「レコードの値段の壁が年齢ごとにどのように変遷していったかはありますか?」
松永「それは実は関係ないんですよ。30代前半に無職で全く無収入の時期とかあったんですけど、その時でもやっぱりこれはどうしても買いたいなっていうレコードがあったら、結構買ってましたよ。そのためにそのあとものすごく苦労するんですけど。」
髙石「そうですよね、本で読みました。」
松永「でも買ったことでする苦労は、そのレコードに対して自分が果たす責任でもある。例えば今日パチンコで勝ったし5万くらい余ってるなっていう金で買ったレコードって長続きしないんですよ。やっぱり分相応というか、そのときの財布に入ってる以上のレコードを買うっていうことは、後で上から岩が落ちてくるとか、溝に片足が落っこちるとか、そういう災難が起きても仕方ないと思って買う。実際は借金で苦労するということですけど。」
髙石「逆にいいレコードなんだけどすごく安く買ったときにそのレコードをその値段の通りに扱ってしまうなんてことはありませんか?」
松永「それはあんまりないです。仕事柄というか人生柄、海外での買い付けでも不当に安いレコードはいっぱい目にしてきているので。もちろん、すごく安く買えたらそのときはうれしいですよ。でも買ったら、そこで全てのレコードは基本0円になると思うようにしてます。
お金を払うのは経済的な対価を払わないと自分のものにならないから払うだけで、価値としては自分で買った時点で0円です。そこから後の値段というか価値は自分で愛して高めていくしかない。いっぱい回数聴くとか、DJするとか。」
髙石「素敵な考えですね。」
松永「もしくは、今はこのレコードの良さはよく分かんないけど、ちょっと棚に入れといてワインみたいに何年かしたら分かるかもしれないと思って置いておくとか。今すぐわかる、今大好き、今これが欲しい、みたいなレコードばかり買ってると棚がざくざくするし、風通しが悪くなるというか。うちは全部美味しいんですよみたいなメニューだけ揃えてる三つ星レストランみたいになっちゃって、いい意味での隙間がなくなっちゃうんです。」
髙石「自分なりのレコード王国を創り上げていく感じですか?」
松永「そうかもしれません。でも、その王国、住める基準が厳しそうですよね(笑)。僕の棚は王国と言うには、転出とか転入が多すぎる。売ることも多いから、馴染む前にあいつよそに引っ越しちゃったな、ってケースもいっぱいあります。」
髙石「円安など色々な影響でレコードが買いづらくなってると思うですが、これからの時代のレコードの買い方について教えていただけますか?」
山岡「うちは元々中古がメインのお店なんですが、年々新譜を扱う率が増えてきて、さっき松永さんがおっしゃったようにいま新譜1枚が最低でも4000円で、二枚組になると7000円とかなんですよ。」
髙石「めちゃ高いですよね。」
山岡「はい。なので若いお客さんとか大学生に気軽に勧められなくなってきてて。そもそも90年代にレコードカルチャーが花開いて既に30年がたってて、そういう風に呼ばれるものの中身自体が変容してきてると思うんですよね。既に価値の付けられた中古盤ですら以前のような買い方は出来なくなってる感じはあります。
そんな中で、例えば今餌箱と呼ばれてるような300円から高くても900円でレコードが入れられてるコーナーがどこの店にもあると思うんですが、その中からいかに自分の物差しで価値を見出すかというか、そういうのが大事になってくるのかな、とは思います。そういうことをバイヤーとして、お店に立つ人間としてお客さんに渡せたらなと思いますね。
同時に、すでに価値があるものを無理して高い値段で買う必要もないと思います。」
松永「まさにその通りで、レコードって本来買う必要がないものなんですよ。だって今は昔と違ってサブスクもあるし、YouTubeで検索するとたいがいありますからどんな状況でも聴くことはできる。でもレコードが欲しいと思う理由はなんなのかっていうとこれは自分への問いかけでもあるわけじゃないですか。」
髙石「なかなか答えが出なさそうな問いですね。」
松永「あまり深刻に考える必要はないかもしれないけど、最近の高騰ぶりはそこまで問いかける感じではありますよね。とはいえ、このバンドのファンだから4500円くらいのレコードが欲しいというのはわかる。だったら、それを1枚買ったらもう1枚は安めの棚から選んで買って、自分の地図を広げてみるみたいなやり方もあると思うんですよね。
あと、そもそもレコードの値段って経済の需要供給で決まってるだけで、そのレコードが良い悪いじゃないんですよ。クラシックの超名曲名演と言われてるレコードってすごく安いんですよ。時代の変化に耐えてきた音楽文化という意味で、ポップスやロックなんてクラシックには絶対かなわない。だけどそういう価値の逆転ってレコードの世界では普通に起こるわけで。安いからよくないっていうのは違う。安いレコードを選ぶ自分は未来を先取りしてるというふうに思えば買う気が起きるかも。」

髙石「レコード屋のあり方というかこれからレコード屋が求められること、逆にレコード屋がお客さんに何を与えていくべきか、というようなことを考えたりしますか?」
松永「それはさっき山岡くんもお客さんに問いかけるようなことは言ってたし、そういのはあると思うんですよ。めっちゃ若いお客さんで初めてのレコードを買いたいけど、何買ったらいいですかという質問があったとします。店員からしたらおおざっぱな質問ですけど、その人にとっては切実な質問ですよね。結局こっちにできる作業というのはその人のバックグラウンドを解き明かしていくようなこと。どんなバンドが好きなんですか? お父さんお母さんはどんな音楽を聴くんですか? もしかしたら家にレコードがあるんじゃないですか? 子供のころ好きだったものは?とか。でも、その結果これを買ったらいい、みたいな正解のレコードはうちにはあんまりないんですけど(笑)。」
髙石「ないんですね。」
松永「物理的に名盤はお店に売れずに残ることがほとんどないんですよ。それに、本音を言えば、そういうレコードがないというより、そもそも誰にとっても正解だと言えるレコードなんてそもそもないんですよ。
まずは、レコード屋に来たら、レコードを好きになってほしいし、レコードを買うことを好きになってほしい。まずそれが第一であって、その人にとっての正しいレコードを必ず買うっていう行為は正解じゃないっていうか、ちょっと矛盾した言い方ですけど。まずはレコードを買って、触って、かけて、レコードってこうなんだって分かることが第一。それはさっきも言ったように、自分の好きなバンドとかでいいと思います。なにが世の中の名盤で何が初心者向けかなんてことは、その先にも興味があればいずれ分かることっていう気はします。」
山岡「うち、今若いお客さんが多くて、レコードを買い始める方も毎年現れるんですけどその半分が2,3年で来なくなっちゃうんですよね。もちろん様々な理由があると思うんですけど、いつの間にかあの人見なくなったなっていうのが結構多くて。そこを越えたら永続的に買う方たちになると思うんですけど、そこの2,3年を越えさせたいっていうのがあって。その辺のヒントというかレコードを買うことを一過性の行為で終わらせたくないなって思うことってありますか?」
松永「考えたりします。でも、突き放すような言い方かもしれないけど、一人ひとりのお客さんの聴き方までは責任持てないから、道筋を作ることはできるけど、例えばこれの次はこれですよっていうRPGみたいにロードマップは敷けないんですよね。キャロル・キングの『つづれおり』を好きになったら次はジョニ・ミッチェルもいける、そしたらジュディ・シル、みたいなフローチャートじゃないんですよ。人の好みって個別じゃないですか。いきなりジュディ・シルから入っても全然いいわけだし。」
髙石「人それぞれですよね。」
松永「逆に言うと個人個人の趣味は、もっと個別であって欲しいんですよね。同じようであってほしくない。今はそれが同じような人が多い。海外からインバウンドのお客さんでシティ・ポップやフュージョンを探してる人はたくさん来るんです。そして、そのうちの半分くらいは同じレコードを探している。それがないと分かったらぷいっとお店を去る。残念ですけど、それが日常なんですよ。それって実はブームでもなんでもないというか、レコード全体を愛してほしいからそうではなくなって欲しい。そういう意味で、僕はなんとなく放任なのかも。」
山岡「そうですよね。別に僕らがどうしようもできないというか。道筋は作ることはできるけどそこまでは責任持てない。」
髙石「レコードを買っていくなかでまだ多くの人には知られていないけど注目しているジャンルってありますか?」
山岡「さっき言った内容とも被るんですが、自分の中の物差しで自分なりのブームを見つけて欲しいなっていうのはありますよね。」
髙石「自分なりのブームっていいですね。」
山岡「あと最近思うのは、音楽を言葉で表現するときに、今既にある言葉でしかそれを表現できないじゃないですか。だけどまだ言葉では言い表されてない音楽のムードや質感ってあると思うんですよね。今はそういう事に興味があります」
髙石「松永さんはなにかありますか?」
松永「自分でいいなと思って買うことが多いのは“ゆるディスコ”って言ってゆるいディスコ。BPMでいうと80から100くらいのなおかつズンドコしていて、ださくて、日本盤のシングルだったら100円か200円というものでいいのが結構あるから。」
髙石「安いし、いいですね。」
松永「僕らがただそう言ってるだけの話なので、信用しないでください(笑)。
あと、知り合いのDJのカントリー田村さんとテンテンコちゃんとチャーハンさんが“ぽんぽこ山”っていうイベントを東京でやっていて。それは狸をテーマにした曲をひたすらかけ続けるっていうイベントなんですよ。」
髙石「聞いたことあります。」
松永「狸をテーマにした曲って言われても、意味が分かんないじゃないですか。分かんないけど”狸的なものとはなにか?”っていうのをみんなが問いかけながら参加していて。割ともう定着していて、イベントに行くとお客さんがほんとに狸に化かされたようにぽんぽこ踊ってるんですよ。そういう流れを見るのはすごい幸せ。この要素がなくちゃだめって考えるんじゃなくて、その要素から出発して拡大解釈できるみたいな風に増やしていくやり方が今やったら面白いだろうなと思うから。」

松永「レコードは盤面を見るのも面白いですよ。」
髙石「ジャケットだけじゃなくてですか?」
松永「盤面見ると、なんかこれ色が濃いなって思うとこは、激しい曲やアップテンポな曲が入ってるんですよ。色が薄いなってとこはバラードの曲やアコースティックな曲なんですよ。」
髙石「DJのMUROさんが溝を見ただけでブレイクが入ってるかどうかわかるって聞いたことあります。」
松永「そうそうそう。特にヒップホップみたいにブレイクが一定だと溝がグラデーションっていうか模様になって綺麗なんですよ。デザインとか絵画を見るように好きになるのもいいと思います。」
髙石「レコードの匂いを嗅ぐことありますか?」
松永「ありますよ。レコードというか、ジャケットの匂い。ベン・アトキンスっていう70年代のシンガーソングライターがいて、その人のレコードは臭いっていう風に昔から言われてるんです。なぜ臭いかっていうと、アルバムのタイトル『PATCHOULI』って言うんですけど、パチョリの香りをジャケットに染み込ませていて、その当時はいい香りだったんですけど、年代を経ることによって臭くなってしまったんですよ。だから臭いレコードとして一応知られてる。
ローラ・ニーロの『First Songs』というレコード(Columbiaからの再発盤)には彼女の希望で花の香りをつけたと聞いてます。それはさすがに今、中古盤を見つけても消えてしまってますけど。」
髙石「そのほかに注目しているジャンルや若者に聴いてほしい音楽はなにかないですか?」
松永「長いアーティスト名なんですけど、Dr. Buzzard’s Original Savannah Bandっていうバンドがいまして、1970年半ばにニューヨークで流行ったディスコのバンドなんですけど。」
髙石「最近そのレコード買いました。」
松永「ディスコなんだけど20世紀の初めのほうのジャズを下敷きにしていて。ジャズ・ビックバンドのスタイルをディスコに落とし込んで、なおかつちょっとヤクザっぽい雰囲気でやっていたバンドです。当時、彼らのスタイルに影響を受けた人たちは多いし、結果的にその後のディスコブームにも割とつながってる。20世紀音楽の中継点としてのアイディアもいい。曲も華やかで切なくてキュンとする。アルバムは4枚あるんですけど、最初の3枚がおすすめ。そんなに高くもないのですごく勧めたいです。」
髙石「山岡さんはなにかありますか?」
山岡「僕は特定のジャンルよりかはみんなもっと歌詞、リリックに注目したらいいなとはすごく思いますね。どうしてもサウンドだけで評価されがちなんで。以前、冗談伯爵の前園直樹さんが”歌詞のレアグルーヴ”って言ってたんですよ。それは確かにおぉと思って。音を聴かずとも歌詞カード読むだけくらう曲ってあると思います。それはレコード買って開けてみないと分からないことですし。」
髙石「最後なんですが、結局どういう音楽が好きなのか聞かせてもらえますか?」
山岡「僕はフォークですね。フォークミュージック全般というか。フォークロックとか、アコースティックギターを一人で弾き語っているようなものも好きです。自分はそこ軸だなと思いますね。」
松永「ジャンルとかはないんですけど、楽しくて切なくて間抜けな感じ、でも根底にはかしこさっていうか、クールさがある曲。DJしてると、かけてる曲が名曲で、みんな喜んで、すごく盛り上がってくれる瞬間って体験したことみなさんもあると思うんですけど、でも僕はそのときに実は曲に負けてるというか、曲に自分が回されてる気持ちになるときがあるんです。曲がいいんだからそれで盛り上がるのは当たり前。そうじゃなくて一応かけている自分の気持ちをその場に残したいじゃないですか。そのときに必要だと思うのが、自分としては楽しさと間抜けさの共存とか。間抜けはいつでも必要だと思いますよ。つっこまれるだけの隙がなく、自分のかけてる1時間は誰にもつっこませないみたいな完璧なDJはあんまり好きじゃない。隙があるほうがいいと思います。」

松永良平 Profile
1968年、熊本県生まれ。雑誌/ウェブを中心に記事執筆、インタビュー、CDライナーノーツ執筆など。著書『ぼくの平成パンツ・ソックス・シューズ・ソングブック』『20世紀グレーテスト・ヒッツ』、『コイズミシングル』(小泉今日子ベスト・アルバム『コイズミクロニクル』付属本)、編著『音楽マンガガイドブック』、翻訳書にテリー・サザーン『レッド・ダート・マリファナ』、ブライアン・ウィルソン『ブライアン・ウィルソン』自伝。編集担当書に朝妻一郎『ヒットこそすべて』、小野瀬雅生『小野瀬雅生のギタリスト大喰らい』、『ロック画報/カクバリズム特集号』など。

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