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ルールのある暮らし

私は、学童保育でパート職員として働いている。
なんとなくで働き始めたが、なんだかんだで2年以上続いている。

最近、学童保育で低学年女子の間で口喧嘩が勃発し、1年生の女の子が号泣していた。
その女の子が、怪我をした友達に自分の絆創膏をあげようとしたら、3年生の女子たちに

「自分の絆創膏はあげちゃダメだよ。学童のを使わなきゃ。あなたのお母さんは、あなたが使うために買ってくれたんだから!」

とすごい剣幕で注意されたということだった。

怪我をした子に自分の絆創膏をあげることの何がいけないのか、私にはさっぱりわからなかった。むしろ「優しかったね」と褒められてもよさそうなものだ。
よくよく聞いてみると、「担任の先生が自分のものを人にあげちゃだめって言ったもん」というのが、3年生女子たちの言い分らしい。
単純に、可愛らしいイラストの絆創膏を自分も欲しかった、もしくは羨ましかっただけなのではないかとも思うが…
場面によって、場所によって何が正しいのか、どう行動すればよいのか自分で判断することができていない。

担任の先生に言われたから
自分がしたいから
自分がしたくないから

小学生たちがよく口にする言葉である。

みんなが快適に過ごせる
みんなに利益がある

という視点を持って“ルール”について考えられる子はほとんどいない気がする。
大人もそうかもしれない。

大人は、怒ったり、褒めたりと色々な手を使って子どもを思い通りに動かそうとする。そうして育った子どもは、自分の意思で判断し、決断していく力を身に付けていけるだろうか。自立できるだろうか。

子どもが言葉を習得する前から、 

ルールを守ることで快適に過ごせる
ルールを守るとお友達とうまく付き合える
集団に貢献できる

ということを淡々と教えていく。
その感覚を体得していくことを促す。

叱りもしない、褒めもしない、勇気付ける

アドラーってすげぇーこと言ってるなと改めて感じた。

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