少子化からコロナから気になること

暮らしたい未来のまちとして投稿しています。

ほとんど私が気にしているもので、今後の話です。今でも大変であることは承知の上ですが私自身、外出先で人が減ったあとの街の状況がどうなるのか想像の範囲内ですが気に留めてもらえればいいかなと


まず少子化で人の数が減り必要に迫られる可能性は働く人の数。なのですが、それも大事ではあるものの働くことの出来る年齢が限られているので教養育する人の数と働く人の数を一定にしないといけなくなるのではと


もちろん働くことは大事です。だけど昔の人達のように仕事一本、育児一本とは向かないし最近だと共働きで母側に負担が残ることもよく記事などで見かけます。

確かに専門的な職業柄の場合はどうしても仕事一本に絞らないといけないし家庭の事情に介入出来ない可能性もあると思います。

むしろ医療従事者や治安維持に勤しむ方々にとっては現在大変な状況かと思います。
どうにかならんかのう!(真面目に)


仮に、一人で子供の面倒を見なければならない状況で手も空かない。でも人が減るということは見てくれる相手もいなくなる。神経はすり減るし心もすさんでしまう。
夫婦だとしても理解してもらえない場合はほんとうに辛いもの。

誰も見ないのかといえばそこが肝で、自分一人が抱える悩みは大きすぎて手に余る。でも生活が変わるわけじゃない。だからどうにもできないどうしたらいいかわからない。

働く人は常に働くことに目を向けているので些末なことと思っているかもしれない。

そうなるとバランスを取り持つ第三者の働き手が必要になってくる。


私の考えたものを話せば、そんな育てることに疲れたり誰かとの会話や繋がりに少し温まりたい人達が求めてくるのではないかと。

保育園ほどの大きさのこども食堂のような広い土地を使った場所があればいいのではないか。

フリースペース、ワーキングスペース、相談所、個室スペースなどと各種別ごとに使用する場所を設けてその場全員が家に帰るようなそんなものがあればいいと思う。

もちろん持ち家があり。そこで育児できるならそうすればいいし

私が言う公民館に近い共同スペースとこども食堂が併設された場所があれば、被災時にも対応できるのではないかなって


大事なのは共働きする人とこどもの間を取り持つ人。精神的な支えと機転を生かす判断力も必要になってくる。

もちろん、大人くらいの体に成長した
子たちはボランティアを介して
一人立ちするための方法を身につけながら自力でいきるための生活をしてもらう。



そこでもやっぱり不平不満を軸に考えて物を言う人の下につけばモチベーションは下がるし自己肯定も落ちやすくもなる。

そうなると、全体を俯瞰で見る役割も必要になってくる。今足りてないのはそういう目線の立場の人ではないか。
ということは、現在の一人に対する雑務の負担の方が大きいということもわかってくるのではないか?

少子化もコロナも同じくして人を減らす作用を持っているので、その後の未来そのものを悲観する必要はないと思います。



そう言えるのは人が減ることで広い土地が増えいい感じの居住地になるだろうから。
多分、私用車も少なくなりバスはコンパクトになって地域を走るだろうな。

思いつくことはそんなところだろうか。




ほんとうにどんな形になるのかわからないけど落ちつける場所や安心感のある場所があるだけでそれだけでちょっとは頑張れそうになるのかもしれない。

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