3.11思うこと

3.11 あれから10年経った。
もう10年なのか、ついこの間のような気がする。

宮城県在住の私にとって、震災には思うことが色々ある。

この10年の間、私はとにかく駆け抜けた。走り通した。
28歳〜38歳。人生の中で元々そういう時期だったのかもしれない。ただ、こんなに猛スピードで生きている(生きていた?)背景には、震災の影響は少なからず、ある。

当時、仙台市内中心部のビルで仕事中だった。
高層階にいて、免震構造のためか、とにかく揺れた。本気でビルがパカッと折れると思ったし、安々と言うことでは無いのだが、死を覚悟した。本当に怖かった。

私の住まいや職場、周りの人々は、幸い無事だった。ライフライン断絶も数日だったろうか。あまり覚えていないくらいだから、さほど困らなかったのだろう。

私は当時、彼氏のいない一人暮らし。
一緒に寝泊まりできるような友達もいなかった。
ライフライン断絶の中、アパートで過ごす夜、ああこれが孤独かあ〜と、何とも言えない気持ちで過ごした。真っ暗なアパートが怖すぎて、駐車場の車で何泊かした。(今思えば、そっちの方が怖いような気もする)

ひたすら、明るくて励まし系?の音楽がラジオから流れていた。時間が経つのが本当に遅かった。寝れなかった。早く朝になって欲しい、心からそう思った。あと、星がスゴく綺麗だったのを覚えている。

震災後も、変わらず毎日、仕事はあった。
交通手段は遮断されていたが、歩いたり、自転車だったり、とにかく毎日通勤をしていた。
私は、仕事に救われていたと思う。
暗い気持ちを仕事でかき消していた。

その後、ゴールデンウィークに実家(岩手県盛岡市)に帰ったとき、やっと会えた親友にいろいろ喋り倒した。その時、私は「いつ死ぬかわからないから、これからやりたい事は全部やりたい!」と友に話した。

それから、後悔なく!、の生き方を始めて、全速力で駆け抜けた。
そして、現在は1才児の母親。
今はちょっと駆け抜けるのはお休み中。

あの全速力で駆け抜けた数年間。7年くらいかな。
濃い濃い、濃厚な期間だった。

震災後、決めた「後悔なく」
今もその気持ちは変わりない。

生かされたものとして、今を大切に楽しく生きていく。そんな事を10年前からずっと思っている。


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