騙されて20万失ったけれど戻って来た話
当時私たちは2LDKのファミリー向け賃貸マンションに住んでいた。
ある日営業電話がかかってきた。
中古物件を紹介してくれる不動産屋だという。
引っ越しを考え始めておりどうやって物件を探そうか迷っているというジャストタイミングだったので話を聞くことにした。
予算と地域を伝えれば物件を探して来てくれるという。
すぐによい物件が見つかり一緒に内覧に行った。
彼らはレンタカーでやってきた。
今から思えばその時点で怪しかった。
A不動産という会社の45歳くらいの男性山本さんと25歳くらいの男性鈴木さんの2人。
内覧物件はまだ売主が住んでいたためじっくり見ることは出来なかったが山本さんは天井のシミを指摘したりアンテナの傾きを指摘したり手慣れた様子でどんどん値引き交渉をした。
初めて見たその物件を私たちは買うことにした。
売主に手付金100万を払いA不動産に紹介料20万を払い私たちはローン審査を待った。
ローン審査には通らなかった。
売主への手付金とA不動産への紹介料はローン審査に通らなかったら全額返金されることになっていた。
山本さんと鈴木さんと一緒に売主の家に手付金を返してもらいに行った。
売主は言った。
「こんな少額ローンも通らない人間に大切な我が家を売ることにならずに済んで良かった」と。
100万円を売主が机に置いた時山本さんが私たちに言った。
「じっくり全部数えてくださいね。ちょろまかされてたら大変だ(笑)」
売主に心無い言葉を吐かれ泣きそうだった私は少し溜飲が下がった。
山本さんありがとう。と私が思ったのはこの一度だけ。
しかしもし私たちがローン審査に通り家を買うことが決まっていたら山本さんと鈴木さんは私たちに感謝されるA不動産の社員で終わっていた話だったことも事実。
A不動産からは色々処理が終わった後紹介料が口座へ返金されることになっていたがその後待てど暮らせど振り込まれない。
A不動産で山本さんと鈴木さんはいつも不在だったが家を買うまでは電話をかけるとすぐに折り返しでどちらかから電話がかかってきた。
ある日を境に何度A不動産に電話しても折り返しがかかって来なくなった。
2人の携帯電話番号は知っていたが元々営業なので出られないことが多いと聞いていたし事実携帯電話にかけて繋がったことはほとんどなかった。
なんだか怪しい。やっと私たちも疑い始めた。
2人にもらった名刺の住所を調べた。
A不動産が存在しない。
でも確かに電話番号があってそこに電話すると「A不動産です」と言われる。
手掛かりはこの電話番号だけだ。
私は再びA不動産に電話した。
山本さんに連絡がつかないので別の方と話したい。お会いして話したいので伺いたいのだが場所がハッキリ分からないので行き方を教えて欲しいと。
電話口の女性はあっさりとからくりをばらした。
私が電話していたその番号は電話代行会社だったのだ。
A不動産は存在しない。
私は20万をドブに捨てたと思って諦めるしかないのだろうか。
今もそうだが私たちにとって20万は大金だ。はいそうですかと諦められる金額ではない。
私は電話口の女性に食い下がった。
電話代行会社と契約した人の名前と住所を教えて欲しいと。
女性はまたあっさりと教えてくれた。
契約者は鈴木さんだった。契約書に書かれていた住所も聞けた。
今まで常に山本さん主導でことが進んでおり私はずっと上司が山本さんで部下が鈴木さんだと思っていた。
なのに契約者が鈴木さん?
再度鈴木さんの携帯に電話をかけたがやはり鈴木さんは出ない。
こうなったら行くしかない。
夫と一緒に行きたかったがその日夫は仕事だった。
一刻を争う事態かもしれないので私は話を聞いたその日のうちに行動を起こした。
電話代行会社に聞いた鈴木さんの家は今にも壊れそうなボロボロの平屋が連なった一室だった。
インターホンがついていないのでドアをノックした。
返事がない。留守なのだろうか。
何度かノックを繰り返したのちしばらくドアの前に佇んでいたが思い切ってドアノブをまわしてみた。
開いた。
中は4畳半ほどしかなく部屋中に酒の空き瓶が転がっていた。
真ん中にボロボロの布団が敷いてあった。
そして布団でなんと鈴木さんが寝ていたのだ。
「鈴木さん。鈴木さん。鈴木さん!!」
何度も声をかけるとやっと鈴木さんが起きた。
ランニングに下着のパンツというどうしようもない恰好だった。
目のやり場に困るのでとりあえず服を着てもらう。
部屋に座る場所もなかったので外に出て話をした。
酒臭い息で話をする鈴木さんもまた山本さんの被害者だった。
知り合ったばかりの山本さんに持ち掛けられてA不動産の仕事をしたのだという。
山本さんは色々ブラックな人で電話代行会社の契約も出来なかったので鈴木さんが契約者になったらしい。
私たちの20万は山本さんが持っていて鈴木さんは1円ももらっていないという話だった。
A不動産の仕事は全然上手く行かずレンタカー代や電話代行会社代など持ち出しの方が多い有様だったのでやめようかと話していた矢先山本さんと連絡が取れなくなり自分も途方に暮れているのだと。
私とほとんど年齢の変わらない鈴木さんに少し同情した。
同情はしたが私たちの20万は返してもらわなければいけない。
「とりあえず20万は鈴木さんが払ってください。そして鈴木さんはどうにかして山本さんに連絡を取って返してもらえばいいでしょう」
鈴木さんはそうしたいのはやまやまだがお金がないと言った。
通帳を持ってきて見せてくれた。
12円しか入っていなかった。
部屋を好きに探してくれていいと言う。
多分本当に部屋を探しても1円も出てこないだろうな。
しょうがないので鈴木さんに消費者金融から借りてもらうことにする。
ダメだと思うと言いながら鈴木さんは私の目の前で何社か電話した。
借りられなかった。
きっと鈴木さんももうブラックリスト入りしているのだろう。
ふと鈴木さんが言った。
ひとつ入金のアテがある。もしかしたらもう振り込まれているかもしれない。
しょうがないので私の車に鈴木さんを乗せて銀行へ行った。
お金は振り込まれていなかった。
私は鈴木さんを連れて喫茶店に行った。
そこで鈴木さんに念書を書かせた。
毎月5万ずつの4回払いで20万返済するという内容。
鈴木さんは慣れた感じで綺麗な念書を作ってくれた。
きっとあちこちでこういうの書いているんだろうな。
あとはどうすればいいだろう。
もし鈴木さんと連絡が取れなくなった時のために。
その場で実家に電話をしてもらった。
「うん。元気。いや別に用はないんだけどなんとなく」
会話を聞いていると普通の親子関係のようだ。
鈴木さんが支払えなくなったら実家に電話するという文言と共に実家の電話番号を念書に追加した。
12円しかお金がない鈴木さんにコーヒーを奢りコンビニに寄って免許証のコピーももらった。
「鈴木さん。これからどうするの?」
「まあどうにかなると思う」
「お金ちゃんと返してね」
「大丈夫。返すよ」
こんな話をして鈴木さんと別れた。
それから4ヶ月。鈴木さんは一度も滞ることなく毎月5万ずつ全部で20万を返済してくれた。
最後の振り込みを確認して鈴木さんに電話をかけたが鈴木さんの携帯番号はもう使われていなかった。
念書と免許証のコピーは返済が終わった時に鈴木さんの住所に返送してしまったため20年以上経った今では鈴木さんの住所も覚えていないし顔もぼんやりとしか思い出せない。
もう二度と会うことはないだろう鈴木さん。
今は立ち直って元気で暮らしているといいな。
私の経験や考え方が少しでもお役に立てたなら嬉しいです(◍•ᴗ•◍)