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彼氏と連絡取れない夜の話

ゴォーーーーーーーー
 外の除雪機の音がいつもより響く。イライラの証拠である。
 明朝3時半。私はラインのトーク画面と睨めっこしていた。仕事終わりに飲んでくると言って出かけた彼氏に送ったメッセージには既読がついただけである。既読がついているということは、よほどのことがない限り、スマホの画面に反射した光が水晶体を通って網膜に像を結び、視神経を伝わって脳で情報処理されたということである。にもかかわらず、連絡が返ってこないということは、①彼氏の視知覚が未発達またはモグラ程度のレベルである②携帯が何らかの理由で使用できない状態にある、の2つの仮説が立てられる。①については今までの観察上考えづらく、可能性は低いと言えるため、棄却するのが妥当である。すると、現在有力な仮説は②となり、何らかの理由として考えられる原因を列挙していくと……と、心の中でぐるぐるネガティブな思考をめぐらせていくのはいつものことだ。
 おっと、失礼。自己紹介を忘れていた。
 私はイケメンと指導教官に滅法弱いしがない理学部4年生である。専門にしているのは動物の行動や心理だが、自分の行動や心理でさえ人生22年目に至ってもわからない。
 そんな私には、1人ぼっちだと寝付きが悪く、眠りが浅くなるという弱点がある。早く起きなければならない時には逆に役に立つが、寂しいと死ぬと言われるウサギもびっくりの愛らしさが自分でも恨めしい。まあ、ウサギのは迷信であり、私の特性は事実であるので、愛らしさ対決では私に軍配が上がる。
 しかし、私は卒業研究のポスターの全体の1割進めるという世紀の大作業を終えたばかりであったので、やや疲れており、仕方なく布団に入った。眠れない夜にメンヘラに寄り添うのは男かNetflixと相場が決まっている。このままの進捗では私の卒業研究のポスターはサグラダ・ファミリアのように未完のまま数百年の悠久の時を過ごすことになってしまうだろう…などと考えながら海外ドラマを見るうちに午前5時には入眠できたようである。
 午前10時。
 ああ、朝か…と起きてラインを見ると、依然彼氏からの連絡はない。そもそも、彼氏が朝に帰ってきてそれでスッキリ起きるのを想定していた私は当惑した。どういうことか?何らかの事故に遭って死んでしまったのだろうか。その時は私のところにある大量の彼の荷物を、彼の遺族が取りに来るだろう。その時は淡々と手伝い、最後に今まで撮ったチェキを全て彼の家族に手渡そう。
「これは、ご家族の方に持っていて欲しくて…私には思い出だけで十分ですから。」
 そうさわやかに、しかし悲しそうに微笑みながらチェキを手渡し、泣き崩れる遺族を背に歩き始める私。
これからどうしたらいいのだろう—————。
 いや、そんなはずはない。確率論的に考えづらい。おおかた酔ってどこかで寝ているのだろう。ホテルか、女の家か、はたまた飲み屋か。酔っていなかったら絶対に連絡を返す人間であり、そんなに馬鹿な男ではないので浮気する時はきちんと連絡して詰められないようにすると予想しているため、単に酔っ払って寝ているだけだろう。
 そもそも飲むと言って出かけて連絡なしに朝帰り———もはや今となっては昼帰りである———をするとはどういう了見か。同棲している彼女に対してのマナー違反である。そんなことをしたら私は翌日寝不足になり、夜間のガスや電気の消費量が増え、当社比3割増のため息が二酸化炭素濃度を急上昇させ、地球温暖化の一因となる。これは環境保全上の損失とも言えるだろう。SDGsの重要性が国内外で叫ばれる中、これは大罪である。
「何してんの?」
 そのメッセージを皮切りにLI NE通話の波状攻撃の火蓋が切って落とされた。かれこれ20数回発信しても出る気配は無い。
 かっちーーーん。
 もう怒った。私は激怒した。必ず、かの邪智暴虐の彼氏を除かねばならぬと決意した。私には恋愛がわからぬ。と、憤慨しながらシャワーを浴び、家を出ると、
「ごめん!バーで寝てた」
 
 
 
 
 
 おせ〜よ。死ね。
 
 
 
 
 
 家に帰って顔を見るとあまりの美しさに籠絡され、簡単に許してしまうかもしれない。それに、卒論で忙しい身、1月の北海道で家に飲料が無い中彼氏と議論など続けようものなら、発言のたびに口から加湿器の如く水分が蒸発し、ミイラ化が進んでしまう。逃げれば寝不足地獄、進めば寝不足とミイラ化で即身仏。にっちもさっちもいかないのが恋愛の実態といったところか。
 とりあえず彼氏は土下座してください。あと焼肉奢れ、服とコスメも買え馬鹿が。

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