Вот где красота / 美はここにあり

子どものものごとの吸収力はすごい。成長を見守る大人としては、穏やかな幼少期の日常を守れるようできることはしたいと思うものだ。極端に知識も経験もないなかで目にしたもの、聞いたもの、感じたものがその後の人生の基盤となる。一人として同じ人間が存在しないのはそのためであるし、実践の難しさを抱えながらも、互いの違いを尊重することの大切さを私たち人間は知っている。

ここからは、私の過ごした幼少期から影響を受けた個人的な感想である。Фиксики という子ども向けアニメがある。2020年から始まった新シーズン以前のすべてを見尽したが、私もこんなアニメを見て育ちたかったと思うほど気に入っている。例として『Красота』という回が素晴らしい。


У каждого своё представление «прекрасно». Сколько людей столько мнений. Но все стремятся по своему быть красивой. (中略)
Что делает человека красиво? (中略)
Есть более надёжный рецепт. Попробуй умыть и причесать. Видишь, красоты сразу прибавилось. Теперь сменить мятую грязную одежду на чистую. Вот она где красота.

«Красота» из мультфильма «Фиксики»

人によってそれぞれの『いいね!』と思う状態がある。人の数と同じだけ意見がある。だからみんなが自分の思うままに美しくいられるよう心がけている。(中略)
なにが人を美しくさせるのか?(中略)
体を清潔にして髪をとかしてごらん。そしてしわも汚れもない服に着替えてごらん。ほら、すぐにあなたの美しさが顔をのぞかせました。美しさはあなたのなかにある。

全体の話の展開から意訳するとこうなる。
美しいという表現や使用する感覚は日本語世界とロシア語世界で異なる。例えば日本語世界では自身の美しさの評価は、他者から受けるものという認識が強い。(意訳中の『美しい』を『素敵だねと言われる』と置き換えると、日常の日本語としてはしっくりくると思う)

子どもの世界で『あの子はかわいい、この子は性格が暗い』といった会話は当たり前に存在して、悪気はなくとも友達を傷つけていた、逆に傷つけられたということが起こる。そんな時、すぐそばにいる存在が大きく的を外してしまった認識の修正をする機会があるならば、それが親でもアニメであってもいいと思う。『Красота』では、短い文章のなかで見事に健康的で安定的な捉え方を説明している。子どもの頃にここまで真っ直ぐな表現で『あなたが美しいかどうか評価するのはあなた自身です』と言ってもらえたらどれほど良かったかと思う。

さらに、Фиксики はアニメという題材にも関わらず公開されている多くのビデオの再生回数が2000万回を超えているのは、それだけの大人や子どもたちの信頼を集めている証拠であると言えるだろう。


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