Построить красивое/いいものを建てる(前編)

幼い頃、『○○別荘』とあたかも固有名詞のようにみんなが呼ぶ、大きくて立派な建物が近所にはいくつかあった。近所の友達に教えてもらうがままに、私はその固有名詞を覚え、放課後の待ち合わせの目印になっていた。今になって考えてみれば、あの建物にはいわゆるお金持ちの家族が住んでいて、きっとその家族のお父さんは地元の有力企業の上の方にお勤めだったのだろうと理解できる。

地面のコンクリートの灰色とは相性の悪い、赤みがかった発色の良いレンガの色が、隣の家々との空間を隔てていた。別荘と呼ばれる建物はたいてい、周りの塀もヨーロッパ風のおしゃれな雰囲気が出ていて、車の出入り口はどう開くのか見当のつかないゲートになっていた。東京とは違い、地方のこういう建物は本当によく目立っていた。呼び方は決まって『表札の名前+別荘』となっていた。

『お金持ちが立派な家を建てるのは目立ちたいから?』と感じていた幼少期だったが、お金持ちが建築にこだわる理由は、『いいものを作ること』を高く評価しているからだ。彼らにとってなにかを『つくる』『建てる』ことは、つくったものが自身の手元を離れた後もずっとその存在意義を保ち続けられるよう、自身のプライドを最大限に発揮する活動なのだと思う。

今回ご紹介するのは、ロシアの歌手であり実業家のЭмин Агаларов(エミン・アガラロフ)とその父親へ行なわれたインタビューだ。インタビュアーはКсения Собчак(クセーニア・サプチャク)。サプチャクの多岐にわたる活動についてはWikipediaなどでご確認いただきたい。以下に用意した訳は、エミンとその父アラズ・アガラロフによるものづくりへの考え方が語られている部分だ。

なお、この動画は2021年7月19日公開のものだ。一年前の時点での内容であることによく注意していただきたい。動画のタイトルは『エミン・アガラロフ:バクーについて、ナルデゥイの負けについて、美しい人生と心理士への訪問』。(・・・)は筆者が聞き取れなかった部分。

まずはエミンとはどんな人であるのか、紹介が動画の中にあるので、訳してみた。

(1分48秒)
エミン・アガラロフ。41歳。実業家、歌手。Forbesロシアの長者番付に名を連ねる有名な経営者 Араз Агаларов(アラズ・アガラロフ)の息子。アゼルバイジャンで生まれ、モスクワで育ち、スイス、アメリカで学んだ。大学卒業後はロシアに戻り、Crocus Groupの初代副社長になった。エミンは実質的な巨大ビジネス帝国の後継者である。10を超えるレストラン、フィットネスセンター、その他多数のビジネスを抱える。26歳で歌手としてのキャリアを決意、今ではよく知られる有名な歌手になった。エミンは自身が作り出したブランド『ЖАРА(ジャラ)』(意味:暑さ、熱気)の発展に精力的に取り組んでいる。『ЖАРА』は音楽賞の祭典であり、最近までは音楽レーベルであった。2021年春、音楽レーベル『Zhara Music』はアメリカのWarner musicへ売却された。二度の結婚をしている。一度めはアゼルバイジャン大統領の娘 Лейла Алиева(レイラ・アリエヴァ)と。二度めは Алёна Гаврилова(アリョーナ・ガブリロヴァ)と。2度の結婚のなかで4人の子供に恵まれた。現在は独身。
(2分47秒)

『ЭМИН АГАЛАРОВ: про Баку, проигрыши в нарды, красивую жизнь и визиты к психологу』/YouTubeチャンネル『Осторожно: Собчак』より


始めに、ロシアのショービジネス界においてエミンが『作り上げたもの』についての会話部分。JONY、Моргенштерн、Navaiとは若者を中心に人気急上昇中の歌手・アーティスト。

(32分10秒)
ク)音楽レーベル『Zhara Music』を2500万ドルで売却したというのは本当ですか?
エ)いや、数字はもう少し小さい。
ク)2000万?
エ)もう少し。
ク)1500万?
エ)だいたいそのくらい。
ク)すごくいい金額の取引です。何年かけてそうなったのですか?
エ)2年です。
ク)つまり、2年間であなたは1500万ドルの価値になるビジネスを育てたのですか。
エ)プロジェクトに投資した金額は50万ドルでした。
ク)(驚き)私にも投資の方法を教えてください。いったいどんなことをやったのですか。
エ)これは最も成功したビジネスでした。私だけの力ではなく、私のパートナーであるБахтияр Алиев(バフチヤル・アリエフ)が(・・・)そしてレーベルをつくるといアイデアは元々彼のものでした。
ク)つまり二人で50%ずつの配分だったのですか。
エ)はい。
ク)あなたのレーベルにJONYやМоргенштерн(モルゲンシュテルン)などがいましたが、最も大切な仕事は、彼らと毎日根気よく話してレーベル内にいるよう説得することだったのですね。
エ)そうです、私自身もそんな仕事をやっていました。
ク)ロシアではこの分野はとても安全だと言うのは本当でしょうか?例えばアメリカのこの業界では芸能人との契約は十分に厳しいものです。契約違反は絶対に許されないとか・・・
エ)ロシアでも同じように契約の厳しさはあります。違反すること自体は本人次第ですが、アーティストが契約で縛られている条件というのは、本人が契約時に話し合って決めた内容です。
ク)分かりました。それでは、このレーベルにモルゲンシュテルンを連れてこようというアイデアは、いったいどこからやってきたのですか?
エ)Navaiが彼を紹介してくれました。
ク)でもあの頃はまだモルゲンシュテルンは今のような人気がない、どんな存在なのかも分からない頃でした。
エ)彼がどんな人かはどうでもいいのです。人と会う時、見ているのはその人の見た目や話し方ではなくて、どんな数字を持っているかと言うこと。数字を見て、その人の音楽にはビジネスがある、それが分かれば十分です。
ク)つまり、モルゲンシュテルンが今所属しているレーベルは・・・
エ)Atlantic Recordsです。Warner Musicの子会社。売買取引はWarner Musicとでしたが、Warner Musicは市場をAtlantic Recordsの方へ持っていき、Zhara Musicと合体させたようです。
ク)つまりZhara Musicは今やヨーロッパの大きな音楽レーベルで、モルゲンシュテルンらアーティストはヨーロッパのマネジメントの元にいるわけですね。
エ)そうです。
(34分11秒)

『ЭМИН АГАЛАРОВ: про Баку, проигрыши в нарды, красивую жизнь и визиты к психологу』/YouTubeチャンネル『Осторожно: Собчак』より


後編に続く。

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