猫と夜道とドッペルゲンガー

大学は冬休みに入り、ひと月程早起きをする生活から逃れられた安堵感が僕を包みこむ。
駅前の木にはイルミネーションがついて華やかに飾ってある。
さすがトーキョー、なんて思う。
上京して2年経つが、僕の住んでいた田舎には街灯を除いて、灯りなんてものは殆どなかったのだ。

その日、僕は同じゼミの山田と会う予定だった。
彼が明日から旅行に行くというので飼い猫を預かることになっていた。

山田の家へ向かってる途中、彼からメールがきた。
"急用入ったので出かけるわ!鍵はいつものとこ。うどん、よろしく"
急用か。どうせ飲み会だろう。
玄関のドアの横にある植木鉢を持ち上げる。
猫のキーホルダーがついた鍵が置いてあった。

鍵を開けるとともにニャーという声が聞こえた。
山田の飼い猫がそばに来ていた。
彼がうどんを好きだからつけたらしい。
うどんは名前に似合うような白い体をゆっくりと伸ばし
うなー、と鳴いた。

エサなど必要な荷物はバッグにまとめてあったので、それを持った。僕はゲージにうどんを入れて、自宅に帰った。
"うどん、僕ん家に連れてきたよ。旅行前なのに、あまり羽目外しすぎるなよ"
その後、山田から連絡はなかった。

それから2日後、見慣れない番号から着信があった。
電話を出ると警察からで
山田に捜索願が出されていることを、聞かされた。

山田は家族と旅行に行く予定だったらしいが当日、携帯の連絡もとれず、彼の一人暮らしの家に行ったら誰もいない。
そして彼の行方を知ってる人もいない。

「もしかして、連れてかれたんじゃない?」

警察からの取調の後で、ゼミ仲間が言った。
山田と関係のある人は全員、取調を受けていたのだ。

「連れて行く、って?」

「今さ行方不明者が増えてるんだって。全国的に。それが別の世界へ"連れてかれる"って話」

「何それ」

スマホを渡されて見てみると、本当だ、ニュースサイト等たくさん出てくる。
その中のネバネバまとめをクリックして記事を読んでみる。

(行方不明者が1ヶ月前から増加中。やはり"連れて"いかれたのか?

この世に存在されるといわれる自分の分身…ドッペルゲンガー。
出会うと自分が消えてしまうという都市伝説がある。
今、急増中の行方不明者はそのドッペルゲンガーに出会い、消えてしまったという。

以下、目撃したという人のツイート。

20XX/12/20 20:37@mokuroo
まじか。今友達が目の前で消えたんだけど信じられん。
友達と一緒にいた奴も消えた。
ドッキリ?怖過ぎるんだけど

20XX/12/20 21:01@mokuroo
友達と連絡とれない。ドッキリなら早くネタばらししてくれ

ツイート主は結局、友達と会えることはなかったそう。

やはり都市伝説は本当だったのか?!)

「…なんだか胡散臭いなぁ。」
「ま、都市伝説扱いだしね。」

12/20てことは、今日から3日前か。
ちょうど山田がいなくなった日。
こんなことはただの都市伝説だ…。
そう思うのに。
なんだか不吉な予感がする…。

上手く寝付けないまま数日が過ぎて、
頭の中はモヤモヤでいっぱいだった。
ネットや知人から情報を探してみたが、収穫はなかった。
ダメ元で帰ってきてるんじゃないかと思って山田の家に行ってみたが、家の前には黄色いテープが貼られ、警察官がたくさんいて、山田はまだ帰ってきていないんだ、と実感させられた。

自宅に帰ると、うどんの様子がどうもおかしいことに気がついた。
ぐったりと倒れ込んで、息遣いも荒いようだ。
僕は近くの動物病院を調べて連絡をとり、どうにか緊急でみて貰えることになった。
うどんをゲージに入れ、急いで動物病院に向かう。

連れていく途中にそれは起こった。
目の前には白い猫。
うどんに似ているような…。
その瞬間、カタン。と音がしたと思うと
ゲージが軽くなった。

「…うどん?」
ゲージを持ち上げると、うどんが消えている。
目の前にいた白い猫も消えた。
どういうことだ?!

ゲージを抱えたまましゃがみ込んだ僕の前から、音がする

コツ…。
足音が近づいてくる。
こういう時の直感は、良く当たる…。
とても嫌な予感だ。

足音と影は僕の前で止まった。

「知ってた?ドッペルゲンガーは、出会った瞬間に消えるのは君だけじゃない」

僕はその声を、
とても信じられないけれど
聴きなれた自分の声を

ゾッとしながら聞いていた。

「同じカードは手札が引き抜かれて消えてしまう
まるでこの世界から消えるように」

「まるでババ抜きのようにね」

目の前には、僕がいた。

カラン…

ゲージが、誰もいない夜道に音を立てた。

#小説 #短編小説 #猫

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