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クリスマスの絵本の思い出はビター

絵本や図鑑が多い家だった。
私は兄弟の3番目に生まれたのでそのせいもあっただろうか、小さな頃から気がつけばそこに本や絵本、漫画がある暮らしだった。

自分のもの、という概念は薄くていつも手当たり次第に本棚にある絵本を読んでいた。簡単な解説にしてある子供用の図鑑シリーズも好きだった。
「本が読みたいな」と思った時にはある程度厚さがある、けれど字が大きく振り仮名がふってある低学年用の書籍を読んでいた。

だからと言ってあらゆる本を知っているわけではない。お気に入りの本、みたいなのができ始めると大体いつもそれを読んでいたり、眠る時には特定の本ばかり読み聞かせをねだっていた。ナイトルーティンのように親やおばあちゃんの読み聞かせを聞いてると「寝る準備」が始まったように感じていた記憶がある。

幼稚園の先生や園長先生も絵本が大好きな人たちで、本を読むことや紙芝居を読んでくれる大人にも恵まれていた。絵本を暗唱すると喜んでくれていたのを覚えている。(「のみのピコ」みたいな暗唱しやすいやつだったが)

小学校1年生の時は担任の先生が時間が余ると絵本を読み聞かせしてくれていた。先生が丁寧にめくるページの音が好きだった。
ゆっくりと優しいトーンで絵本を読んでもらうと、遠い教卓の前で開かれた絵本でも「お話」に集中して聴くことができた。

いつも先生が読み聞かせてくれる本は魅力的に感じたし、家に帰って作者が同じ本や絵本を探したりした。絵を真似して、先生にお手紙を書いたりもした。毎日会っているのだが、ファンレターのような気持ちだった。
時々先生が持っている絵本で、どうしても自分が手に入れたい本があった。
初めて書店に注文する、という経験をしたのはその本だった。
野山の木の実や葉っぱが美しく描かれた本で、遊び方が丁寧に描かれていた。
生涯大事にしよう、と思ったのを覚えている。

自分と同じ名前の木があるということを知った絵本だった。

ある時1年生の時クリスマスを迎えた。
サンタクロースからのプレゼントは大好きな人形のおもちゃシリーズの
『学校グッズ』や『校舎』だった。
小学校があまり好きではなかった私の為に用意されたのかも知れない。
(あまりにも嬉しくて遊びに集中したい為にもっと学校に行きたくなくなってしまったのだが、それももう思い出の一つである。)
もう一つのプレゼントは「絵本」だった。

サンタクロースと女の子の物語。
読んでみると女の子の名前が「私の名前」だった。

絵本のなかで自分と同じ名前の木を見つけた経験がとても衝撃的で、
「自分の名前」を絵本や本の中で見つける、ということに特別な気持ちが膨れ上がった。
私は嬉しくて、物語の中に自分の名前が書いてあるサンタクロースの物語を読んだ。

この絵本を先生に読み聞かせてもらおう、と息巻いた。

先生の優しいトーンで自分の名前が呼ばれることが嬉しくて学校に通っていた私は絵本を先生に見せてみようと思ったのだ。
その年は25日が終業式だったので、終わりの会の時に読んでもらうチャンスがある。私は朝到着すると1番に先生のもとに飛び込んでいって絵本を見せた。

先生はパラパラと絵本をめくると、すごい!と喜んだ。
「素敵な絵本ね。サンタさんがくれたのね。じゃあみんなで読みましょう」

ニコニコと先生は私に言ってくれた。
とても嬉しくなった。
終業式が終わり、下校前のクラスごとの終わりの会を迎えた。

そこで起こったことを思い出すと今でも目頭が熱くなる。
私の絵本を先生がいつもの優しいトーンで読んでくれていると
こちらをクラスメイトがチラチラみては「クスクス」と笑うのだ。
嘲笑のように聞こえて、私はどんどん恥ずかしくなっていった。

こっちをみないで欲しい、と机に突っ伏してしまった。
寒い冬で、厚めの服を着ていたために突っ伏すと吐く息で顔中が暑い。
机の上に水蒸気が溜まってベタベタになる。それでも顔があげられなかった。

どうして先生に読んで欲しい、なんて思ってしまったんだろう。
みんなのクスクス笑いがやまない気がして、涙が出そうになった。
読み終わる頃にはみんな話に夢中になっていたので、私の名前の部分には反応しなくなっていたが、いたたまれない気持ちは残ったままだった。

「とても素敵な絵本でしたね、ありがとう」と先生が渡してくれたのに
ぶっきらぼうに受け取るしかできなかった。

私は大きな絵本を抱えながらいっぱいいっぱいの気持ちで帰路についた。
読み返すとクラスメイトのクスクス笑いが蘇ってしまい、絵本を開くことがしばらくできなかった。

私の為に、サンタクロースが用意してくれた物語。
先生の声で読んでもらえて、ページをめくってもらえて、本当は嬉しかったのに。





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