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スタートアップ育成5か年計画開始から1年半 「提言で世の中は変わる」成功体験を共に積み上げたい(前編)

この数年、イノベーションによって急成長する「スタートアップ」という単語が、日本の新聞の誌面やテレビでも日常的に見聞きされるようになった。

スタートアップは、かつては経営が不安定、薄給、知名度が低いという印象も持たれていたが、今では平均給与水準も大きく上がり、柔軟な勤務環境や、自分が成長できる場として、若者の就職や転職の候補リストにも載るようになってきた。

2022年には岸田政権においてスタートアップ育成5か年計画(以下、5か年計画)が掲げられ、スタートアップも日本経済の成長戦略の重要なプレイヤーとして、また、日本経済を支える屋台骨の一部として、確実に認識されるようになってきている。

行政側で、5か年計画を取りまとめスタートアップ育成の各種施策を推し進めてきたのが、経済産業省(以下、経産省)・首席スタートアップ創出推進政策統括調整官の吾郷氏だ。

標準化されたプラクティスが存在しないこと、M&Aやセカンダリー市場がほとんど存在しないことなど、先進国である米国と比較するとまだ見劣りする日本のスタートアップ・エコシステム。とはいえ、誰かが推し進めなければここまで来ることすらできなかった。

この数年意欲的に税制や法律の改正が行われているが、それらはどのように変わるのだろうか。吾郷氏はどういうアプローチで政策変更を推し進めたのか。5か年計画の残り3年に対する思いを含め、スタートアップ協会の砂川代表理事が伺った。


プロフィール

ゲスト

吾郷 進平 氏(経済産業省・首席スタートアップ創出推進政策統括調整官)

吾郷 進平 氏
経済産業省・首席スタートアップ創出推進政策統括調整官
島根県出身。89年(平元年)東大経卒、旧通産省へ。
1989年 4月 通商産業省入省
2014年 7月 産業技術環境局産業技術政策課長
2015年 7月 内閣官房内閣参事官(内閣官房副長官補付)
2017年 4月 中小企業庁事業環境部長
2018年 7月 独立行政法人中小企業基盤整備機構理事
2022年 7月 スタートアップ創出推進政策統括調整官

インタビュアー

砂川 大(一般社団法人スタートアップ協会・代表理事/株式会社スマートラウンド・代表取締役社長)

砂川 大
一般社団法人スタートアップ協会・代表理事
株式会社スマートラウンド・代表取締役社長
1995年に慶應大学法学部卒業、三菱商事入社。海外向け鉄道案件を手掛ける。2001年にHarvard Business Schoolに留学。 卒業後、米国独立系VCであるGlobespan Capital Partnersに入社し、ディレクターとして投資業務に携わる。同社日本代表を経て、2005年に起業。 株式会社ロケーションバリューの代表取締役社長として、複数の位置情報サービスを展開し、2012年にNTTドコモに同社を売却。2年半のロックアップを経て、2015年にGoogleに入社し、Googleマップの製品開発部長、Androidの事業統括部長を歴任。2018年にGoogleを離れ、株式会社スマートラウンドを起業、現在に至る。エンジェル投資家として国内外のスタートアップに投資も行っている。


経産省勤務35年目、感じる環境変化

砂川: 吾郷さんが2022年にスタートアップ施策を担当する部署に改めて着任されて、1年強が経ちますね。

吾郷: 最初にスタートアップとの関わりをもったのは入省2年目の1990年にサービス産業室に勤務した時です。当時は現在と違って、建物入口の検査ゲートもなかったので、自席で顔をあげると、そこにお客様や記者の方がいらっしゃるという職場でした。カルチュア・コンビニエンス・クラブの増田宗昭さんやパソナグループの南部靖之さんなど当時の錚々たる起業家の方が出入りされていたのを覚えています。バブル時代の終盤の頃に新しい産業・企業が成長していく様子を目の当たりにしました。

その後、2007年から2年間、スタートアップ政策を担当する新規産業室長を務めました。当時は、ソフトウェア・IT分野を中心にスタートアップ・エコシステムが立ち上がっていたと思うのですが、バイオやディープテックのスタートアップはまだ萌芽期だった印象があります。今回、2022年から再びスタートアップの担当になって、隔世の感を感じました。

砂川: 時代の変遷をご経験されてきておられるのですね。


「人」を意識して改革を進めてきた2022, 2023年度

砂川: 次に、ご着任されてから、スタートアップ・エコシステム整備や推進において、どういったことをなされたか、改めてお伺いしていきたいと思います。

吾郷: 私が着任した時には、すでに、岸田内閣がスタートアップ政策を最重点政策の一つとしてとりあげ、政策のとりまとめが進みつつある中でしたので、各論を整理し、法令改正や制度改正が必要なものを洗い出し、関係省庁や関係団体などと対話を進めて具体化していく1年半でした。

砂川: 今年の2月には、2023年度で行われたスタートアップ施策のまとめを報告するイベントに経産省の皆様にもご登壇いただきました。そこでは、主に以下の成果について発表いただきましたね。

<経産省からの主な報告内容>
・税制(ストックオプション税制、エンジェル税制、オープンイノベーション促進税制)
・J-StarX(起業家育成・海外派遣プログラム)
・スタートアップビザ

(参考)【共催】2/1(木)開催!『経済産業省・金融庁・法務省によるスタートアップ関連政策説明&交流会』

砂川: どういった政策に重点をおいて取り組んだのですか。

吾郷: スタートアップ・エコシステムを発展させていくためには、税制、会社法制、労働法制、海外展開など、非常に幅広い政策課題がありますが、スタートアップの方の声を伺うと、やはり一番重要なのは、「人」なのだなあと思いました。

なかなか「人」そのものに政策が働きかけるのは難しいのですが、「人」と「税制」の中間に位置するストックオプション税制、つまり税制を通じてスタートアップで働く役職員の方のモチベーションに働きかけてスタートアップの成長につなげていただく仕組みには、特に一生懸命取り組みましたし、実際に民間の反響も大きかったと感じています。

砂川: 昨年は特にストックオプションの変化は大きかったですね。経営者や従業員のモチベーションに直結する分、多くの方の関心があることを強く実感しました。

吾郷: 「人」関連の施策においては、税制も引き続き対応していきますが、これからさらに力を入れていきたいと考えているのは、スタートアップビザですね。

<参考|スタートアップビザ(外国人起業活動促進事業)>
外国人が母国以外で起業する場合のハードルを下げるため、在留資格取得優遇を行う施策。外国人が日本で起業する場合、通常は「経営・管理」の在留資格の取得が必要になるが、事業所の確保、500万円以上の出資金、2名以上の常勤職員など、取得のハードルが高い。これに対し、経済産業大臣の認定を受けた一部の自治体・民間事業者から、事業計画等について確認を受ければ、最長1年間の在留資格「特定活動」が付与されるというもの。https://www.meti.go.jp/policy/newbusiness/startupvisa/index.html

吾郷: 2023年10月からは、自治体だけでなく、経済産業大臣が認定したベンチャーキャピタルやアクセラレータ等の民間事業者も、スタートアップビザの確認手続きが行えるように運用を変更しています。海外の高度人材にも入ってきていただいて日本のスタートアップを盛り上げてほしいと考えておりますので、ぜひ積極的に活用いただけると嬉しいですね。

砂川: ランゲージバリア、村社会文化など、日本にインバウンド型で起業家が流入してくることは、まだハードルが高く感じられているところがありそうですね。人材の流動化のポイントでいきますと、日本の人が海外に進出していく、アウトバウンド型の人流についてはどう思われますか。

吾郷: 日本人が海外へ活躍の場を移すという話なので、日本政府がどこまで支援すべきなのかという議論もあることは承知していますが、イノベーションを引っ張っていく日本人が、国境を超えて流動性高く活動すること自体を応援していきたいと、個人的には考えています。

また、起業家精神を持つ人の母数を増やすという観点からは、大学などでの起業家教育にも力を入れていくべきと思っています。教育の所管としては文部科学省もありますが、共に取り組んでいければと思っています。


ガバメントリーチが効くのは税・予算・法律

砂川: これまで改革いただいた内容を拝見するに、政府機関が政策を動かすには、「税制」「法制」といった、一定のレバーがあると認識しました。政府に訴えかける時に何をポイントに会話をすればいいのか、この記事をお読みになっているスタートアップ関係者の読者の方にもわかっていただけると、今後の官民連携におけるコミュニケーションがスムーズになっていくのではと思います。

吾郷: 「税制」、「予算」、「法律」の三つが大きな政策ツールだと思います。「法律」については、法律そのものの改正だけでなく、政省令の改正や運用の変更という切り口もありますね。

まず税制や予算が決まっていくスケジュールについては、春から夏にかけて各政策分野で方向を決め、秋から冬にかけて政府部内や与党での議論を経て、年末に予算案や税制改正大綱としてまとまり、年明けから国会での審議が行われて、その結果が翌年度から施行される形となります。議論開始から最短でほぼ1年かかるわけですね。

税制による支援措置と予算による支援措置の違いを申し上げますと、税制による支援措置は、一定の外形的・形式的な要件を定めて、それに当てはまる企業や人に一律に適用される形になります。適用を受ける企業・人の数は大きくなりますが、細かい審査は難しいことが多いです。一方で補助金などの予算による支援措置は、個別の案件に対して個別審査が行われて交付されるものなので、より細かい審査が可能になる一方で、税制に比べて手続きが煩雑だという声もあります。もちろん、いずれも税金を原資にするものなので、社会的意義や支出・減税の妥当性について、論理的に説明できることが求められます。

砂川: 法改正についてはいかがでしょうか。

吾郷: 法律の改正もスケジュール的には、税制や予算と同様、検討の開始から実際の施行までは1年以上かかることが多く、ある年の前半に国会審議される法律改正については、前年の春から夏に基本的な検討が行われ、秋から年末年始にかけて法律案の形に仕上げられ、その年の前半の国会審議を経て、実際の施行は、早くても夏頃になるというのが一般的です。政省令の改正や運用の変更は、より短いスパンで対応が可能です。

日々目まぐるしく状況が変わり、革新的な事業に取り組まれているスタートアップの方々からすると、もっとスピーディーに柔軟にやればいいのにと思われるかもしれませんし、我々ももどかしく感じることはありますが、民主主義の下での必要な手続きを経る必要があります。

砂川: 民間側も、変化を望むなら、政府の動きを理解していくことが必要ですね。


政府が掲げるスタートアップの理想図を理解しよう

砂川: スタートアップからすると、関連省庁が数ある施策を行ってくださっていることはなんとなく理解をしている一方、その「目的」や「背景」、すなわち施策が行われた末にどういったブループリントが描かれているのか、というところまでは想像がついていないところがあると思います。

たとえば日本版QSBS(適格中小企業株式)。これはスタートアップの経営者、従業員が自社株売却時のキャピタルゲインや、エンジェル投資家としてのスタートアップへの再投資においては税制優遇が行われる制度。施策の字面だけ読むと、非課税枠を拡大していくというものですが、なんとなくお得になるということではなくて、大上段の目的として、スタートアッププレイヤーが次に挑みやすい、あるいはエンジェル投資家への転身をしやすくなる、という理想図があります。

皆さん、各省庁がどんな施策をしているかまでは知っていても、大上段の目的まではわかっていなかったため、必要性を感じられていないということがあるのではないかと感じています。これは非常に勿体無いことです。どういった目的や理想に対し、政府機関が動いてくださっているのか。それを読者の方々にご理解いただけると、より、省庁、協会、ひいてはその会員であるスタートアップの皆さんが密接に動けるのかなと思っています。

吾郷: こういった取材などで、それを発信していけるのはありがたいことですね。

砂川: スタートアップ協会が、経産省と手を取り合って進めていきたいことの一つが、「理想に向けて、言えば変わる」と、みなさんに信じてもらうこと。実際、ストックオプションについて前向きな議論が行われた際、スタートアップから「こんなことができるんだ」「言ったことって、本当に反映されるんだ」という反応があったんですね。

何か変わってほしいと思っていても、言ったとしても「きっと変わらないよね」と諦めている人が少なくない。スタートアップ協会としては、その課題を実際に変えていくことで、スタートアップの環境って自分たちで変えていくことができるんだ、と思っていただけることが大事なんだろうなと感じています。

吾郷: 私も、15年ぶりにスタートアップ政策担当部署に戻ってきて、関係省庁の役人も、国会議員の先生も、スタートアップの経営者の方も、業界団体も、コミュニケーションが本当に強くなったなと感じます。関係の団体や協議の仕組みも増えましたし、環境が随分変わりましたよね。


後編はこちらから


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