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スタートアップ育成5か年計画開始から1年半 「提言で世の中は変わる」成功体験を共に積み上げたい(後編)

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省庁と国会議員の役割分担

砂川:理想像に向かって声を上げていくことの意味を、読者の方にもご理解いただけたかと思います。すると次に、業界団体や個社は、誰にどうアプローチすればいいかという疑問があるでしょう。

私はスタートアップのパブリック・アフェアーズに本格的に関与し初めて3年目になるのですが、実際、どういうスケジュールで誰にアポイントメントを取ればいいのか、暗中模索の中で苦労した経験があります。省庁、議員というステークホルダーはそれぞれどういう立ち位置で、私たちはどうアプローチするのがよいのか、知っているだけでも動き方が変わるのかなと。

吾郷:私たちスタートアップを担当する省庁の人間は、スタートアップの状況や思いを取りまとめて、政府部内で他の立場を代表する部門の人間と調整し、国会議員の方に最終的に判断してもらう役割、いわばスタートアップの立場を政府部内で代表する「エージェント」的な仕事をしています。一方で、国会議員の方の役割は、国民の代表として、スタートアップの方の価値観・ニーズだけでなく、色んな方の価値観・ニーズを、どうバランスをとって政策にまとめるかという、いわば「神様」的な役割をしているのではと思います。

砂川:実際に行われている調整というのは、どういったことなのでしょう。皆様にどういうご苦労をいただいているのか理解できると、民間も省庁に親近感や感謝を抱きやすいのかなと。
 
吾郷:私たちスタートアップを担当する者としては、財務省や国会議員の方のように全体の調整を行う役回りの人に対して、スタートアップの立場からの政策ニーズや有効性、日本全体への好影響などをいかにうまく理解してもらうかということが重要になります。スタートアップ協会のように、スタートアップの存在価値や改正を訴求していく民間の団体があるということはとても大事ですね。

砂川:そしてその議員を選ぶのは、日本においては有権者たる国民であると。

吾郷:はい。議員の方は、スタートアップの方からの政策ニーズ、要望を聞く際に、その政策が、スタートアップ以外の方にどういう影響を与えるか、どう見えるか、理解が得られるかということも重視します。

どうすれば意見が通りやすくなるか

砂川:経産省から見て、業界団体により期待することはありますか。我々が一度省庁にボールを渡したら、あとは国会決議が終わるまでできることはないのか、それとも何かあるのか。

吾郷:施策を動かすのに一番効果的なもの、それは、要望をデータとして定量化することなのです。誰かが主観的に主張していることをベースに法律を変えることは難しいと思います。皆さんも、会社で予算を取る時にはPros/Consを提示して、何故その予算が必要なのか、その予算で施策を動かした先にどんな目標を達成できるのか、そういったことを定量データを交えてプレゼンテーションすると思います。

政策も同じ。とある企業1社がこのような意見を持っているらしいです、と言われても、それはその人の話であって、経済全体としてのインパクトはどうなんだ、とマクロ的な効果・影響を問われるわけです。それが、スタートアップ経営者100人に聞いたら80人が改正を要望しています、この程度経済効果があると推計されますという風になると、受け止めも変わってきます。

予算や改正を判断する側も、「これが根拠となるデータですよ」と提示されれば、客観的に理解ができるようになりますし、我々、政策ニーズを主張する側も説明がずっとしやすくなります。だからこそやはり、協会会員の皆様からのリアルな意見を集めていただく、定量的なデータを提示していただくことが大事ですね。

砂川:現場の声を集めること、定量データを揃えることが期待値なのですね。スタートアップへの期待はいかがでしょう。

吾郷:私どもはスタートアップを担当する部署ですから、日々、スタートアップの方の御意見を伺いたいと思って活動しているわけですが、そもそもスタートアップの方は日々のビジネスに全力投球されるべきで、我々との対話にそれほど時間をとることも難しいと思います。私たちも、むしろ、ベンチャーキャピタルや金融機関など、多くのスタートアップの方と接触のある方々から間接的にスタートアップのニーズを伺うことも多いのが実情です。こうした方々は数多くのスタートアップの方のニーズを俯瞰的に見ておられることもあって、これはこれで、政策立案をする我々にとってはとても有益なのですが、スタートアップの方々とベンチャーキャピタル・金融機関の方々との間で必然的に利害が相反するイシューもありますし、スタートアップ各社の関係する業種ごとに政策ニーズが違ったりもする。やはり、スタートアップの方の御意見をある程度横断的に伺いたくなることがあるわけです。

砂川:各業界団体ごとにトピックを持っておき、それに合わせてヒアリング先を選択していく形ですよね。

スタートアップ協会の立ち位置については、私は「T字」的に全てのスタートアップに関係する施策を担うポジションであると思っています。これまで取り扱ってきたトピックもそうで、ストックオプション、非上場株式の取引活性化、法人設立の短期化・オンライン化など。業界ごとの課題は各業界団体にお任せし、我々は、スタートアップに共通する横断課題を取り扱っていきたいと考えています。

一方で、業種別のボトルネックは経営者や事業開発チームが直面するのでスタートアップ側の意識も高いのですが、我々の取り扱う議題は、ファイナンスやバックオフィスの人が主に関わることが多く、専門的でもあるので、理解できる人も限られてきますね。こういった情報発信やイベントを通して、界隈の方の理解を高めていきたいと思っています。

5か年計画、残り3年で推し進めたい課題

砂川:これまでの話を一通りお伺いしましたが、最後に改めて今後の話を。冒頭で「人」に関する施策をもう少し頑張りたいというお話がありましたが、スタートアップ5か年計画も半ばに来て、残り約3年でブーストしていきたい議論は、まだいくつかあると思っています。

日本で突っ込みにくい内容でいくと、たとえば解雇要件。米国ではレイオフが一般的ですが、日本は一度雇ってしまうと従業員の方が強い立場に回ります。人材流動性の話も出ましたが、この環境をどう思われますか。

吾郷:解雇要件の問題は憲法の領域にも絡む難しい課題だと思います。単純に米国と横並び、キャッチアップを議論するだけでなく、日本のこれまでの文化や国民性、判例などを議論する必要があるイシューだと思います。

砂川:国民の幸福を考えると理解しうる一方、雇用流動性が低いと技術躍進のスピードは鈍化しますよね。例えば、AIやLLMの会社が日米で同時に設立されたとしましょう。この時、レイオフにより常に優秀なエンジニアへ人件費をかけられる米国法人の方が事業成長は圧倒的に早いと想像できます。その状況にあると、米国で起業したほうがいいと考える日本人も出てくると考えられます。

吾郷:そういう方もいらっしゃると思いますが、だからといってそれだけの理由で、これまでの日本のやり方を米国式にぱっと変えてしまう訳にもいかないと思います。一方で、まず大前提になるのが、変えるべきだと考えていらっしゃるのであれば、それを言い続ける、発信し続けるべき、ということだと思います。先ほど申し上げたとおり、すぐに大きな変化があるかは分かりませんが、「こういうニーズがある」ということを発信・提言し続けることは大事だと思います。

砂川:変わるまでの過渡期に何ができるかも考えていきたいですよね。レイオフを容易にすることを許容しない今の日本モデルのまま、人材流動性を向上する策としてはどういったものがあると思いますか。スタートアップの中には、スタッフは基本的に業務委託契約としているところも少なくありません。

吾郷:業務委託関係と雇用関係は内容的に法律上区別されている訳ですから、実質的に雇用関係にあることを業務委託関係で整理してしまうことは脱法行為になってしまいます。

ニーズを発信・提言し続けることに加えて、もう一つアドバイスするとすれば、ここが大変だ、ここを変えてほしいというだけではなくて、具体的にこういう風に変えてはどうかと、具体案を提示していただくのも、大変助かります。提示いただいた案通りになるかは分かりませんが、提示された案を出発点にして、どのように変えるべきかという議論が、より速く、精度高くできると思います。

砂川:さきほど定量データがあったほうが通りやすいというお話がありましたが、あれと同じで、「米国に負けそうです!」と騒ぐだけでなく、具体的にここをこう直してほしいと伝える、ということですね。

実際、噛み砕いた表現にするには、現場で顧客にあたっているチームだけだと厳しくて、法律家など専門家の助力が必要になります。その分、経費や時間がかかり、まとめるのは遅くなってしまうかもしれません。

吾郷:機を逃してまで準備をする必要はないので、生声ももちろん出してください。我々もお手伝いしますが、それが可能な限り具体的であればあるほどいい、ということです。

各個人が自立した国になるために

砂川:さて、スタートアップ5か年計画自体については、約半分まできまして、チェックポイントに来ていると思います。吾郷さんの目から見て、どういう状況だとお考えでしょうか。

吾郷:本件が画期的だったのは、5年という期間を設けて、やりきるとコミットしたことですよね。省庁は基本的にその時に発生した課題を受けて、1年のタームで政策を立案し実現していくということが多いです。これに対し、5年間はこの施策に腰を据えますという宣言ですから、スタートアップ政策にとっては大きなチャンス、機会の窓だと思います。

砂川:実際に、2022年、2023年と連続して改正いただきました。

吾郷:省庁の政策担当者も定期異動をするので、じっくり何年もかけて政策全体の改良を重ねていくということはなかなか難しいことも多いのです。この点、5か年計画という大きな枠組みがあるので、ある年に解決できない課題も翌年に持ち越して検討してもらえますし、計画が走っている間に、政策の方向をピボットすることも可能です。協会からも、是非、こうした観点からの提言をお願いしたいです。

砂川:グランドデザインとして、この計画の着地点をどう想像されますか。

吾郷:KPIとして掲げられているユニコーン数、投資額などに対する進捗を問われることも多いのですが、個人的には、どちらかというと、創業・起業が職業のチョイスとして普通のことになっている社会が実現できるといいなあと思います。DXに向けたSaaSやweb3、ディープテックみたいな典型的なスタートアップだけではなくて、美容院や飲食店、クリエータやプログラマーなども含めて、個人が自立してビジネスをしていくチャンスが増えること、それこそが日本経済を支える一番大きな原動力になるはずだと思います。個人の才能がいろんな形で絡み合ったり、力を合わせたりして、経済全体・社会全体が発展していく、そんな日本経済・社会になるといいなと思います。

砂川:ありがとうございました。


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