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【三題小説】月見3題

知人よりお題を3ついただきましたので、月見3題として掲載します。
・長崎、中華、月見
・老人ホーム、リセット、月見
・電柱、温泉、月見

長崎、中華、月見

彼と出会ったのは、共通の友人が開催した飲み会の席で、印象に残ってしまったのは、悪友ともいえる男友達の紹介のせいだった。

「こいつ、自転車乗れないんだぜ?」
「はずかしか…。」
消え入りそうな声で、俯く彼は細身でひょろっと背の高い男。なんだか放っておけなくて、またどこか憎めない。
第一印象は、全く私のタイプの男性ではなかったけれど、あれよあれよと悪友に言いくるめられ、次のデートに行くことになった。

そこで意外に好きな音楽の話で盛り上がった私たちは、徐々にデートを重ねていった。
彼のことを知っていくうちに、最初の頼りない印象とは逆に、積極的。率先してお店探してくれたり、話しかけてくれたり。でも、強引というわけじゃなく紳士的で、とても優しい。
それに彼が長崎県出身で、坂の多い長崎では自転車が乗れない人が多いという都市伝説という名の言い訳など色々な話をした。

今日は、彼が絶賛した中華料理店でごはんを食べようということで、私たちは歩いて住宅街の中のお店に来たのだが。
「り、臨時休業?」
彼が驚いたように店の張り紙を見て、悲しそうな顔をする。
高い背を丸めてごめんねを繰り返す。
もう、仕方ないなあというしかないじゃない。

そのあと私たちは近くのコンビニに寄って、月見だんごを買ったのだった。
今日は十五夜。満月が明るく私たちを照らしてくれる。

老人ホーム、リセット、月見

豪快に目玉焼きが挟まった月見バーガーを、アカリちゃんと公園で頬張る。
「おいしいね」
笑顔が可愛いアカリちゃんは、うんうん、と頷く。
「アカリちゃんと来られてうれしい。」
僕は最近、アカリちゃんと付き合い始めた。
笑顔のかわいいアカリちゃんは、物静かだけどおしゃべりな僕の話をいつも快く聞いてくれる。
「これから肉まんの季節がやってくるね。」
アカリちゃんはハンバーガーを食べながら、頷いてくれる。
「この前食べたクレープもおいしかったね。」
僕たちは週に1回、お互いの部活がない水曜日にこうやってデートをしているのだ。食べることが大好きなアカリちゃんと僕は、次のデートで何を食べようか?というのが二人の話題だ。
「ねえアカリちゃん。次は何食べようか?肉まんも捨てがたいし、おでんもいいよね。ねえ、何がいい?」
アカリちゃんは、うんうん、と頷いていた。
「アカリちゃん?」
ふと、僕がアカリちゃんを見ると、ハンバーガーは全く減っていない。ずっと頷いている。
「ねえ、アカリちゃん聞いてる?ねえ?」
アカリちゃんは壊れた人形のように、ずっと首を振っていた。
僕は、いや、私はカチッとボタンを押した。

「もう、後藤さん、またシミュレータばっかりやって!一日5時間までですよ!」
ゴーグルを取ると、見慣れたピンクの壁紙。
ああ、そうだ、ここは介護施設、私が入っている老人ホームの一室だ。
見渡すと、隣の男、後藤はゴホゴホと咳をしながらも、ゴーグルを手放さない。
「もう後藤さんったら。」
ゴーグルを手放さない隣の男に、エプロンを着た施設の職員はゴーグルを無理やり外そうとしていた。
ふと、手元に視線を落とすと、指をかけたゴーグルの横のボタンが曲がっている。
「牧さん、もう時間だからゴーグルを回収しますね。」
隣の男、後藤からゴーグルを奪うのに成功したこの女は、私の手からゴーグルを取った。
「あ!もう牧さん、また無理にリセットボタンを押したでしょう!」
曲がったボタンに気付いた職員は、仕方ないという様子で手元の籠にゴーグルを放り込んだ。

見たい過去を何回でも見られる。文明の発達は素晴らしいと同時に、かつて見た景色を何度も何度も繰り返す。ただ、繰り返しすぎた記憶はどんどん忘れ去っていくという弊害がある。だから、一日5時間まで、と決まっているのだ。
まず、人は声から忘れてしまうという。アカリちゃんの声はもう思い出せない。これから、私は、いや僕は、君を何度も思い出す。どんなに大切な人だったのか、わからなくなるまで。

電柱、温泉、月見

絶景の温泉、なんて詐欺じゃないか。

繁華街にできたスーパー銭湯の露天風呂に入りながら、心のうちで毒づく。

外の風景を感じられるようにか、壁面の上の方と天井の一部が開いているが、そこからにょっきりと電柱が見える。

まあ、そんなもんよね。

繁華街のビルの1階にある温泉のウリは、絶景(絵)の壁面だ。

申し訳程度にある露天風呂は、フェイクグリーンの竹と砂利が敷かれた、なんちゃって日本庭園。

まあ、一回の入浴料500円の、それなりに安いこのスーパー銭湯。
安月給で社畜、残業後に夜25時まで開いている銭湯に転がり込んだ、ぺらっぺらの私には、お似合いかもしれない。

ふと、天井の隙間から月が見える。

「まあ、三日月さんも、出勤が遅いことで。」

重役出勤する社長、いや社長は重役か。就業時間が終わる間際にやってきて、口出しするあの社長じゃないけど、重役出勤さながらの月を見上げて、露天風呂で一人、お月見をするのであった。

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