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句養物語 流れ星篇 第3話

【3】

どれくらい歩いたのだろうか。二人は公園に差し掛かった。ブランコが二本設置されていたが、その片方はゆっくりと揺れている。小さな子供が乗っているようだ。

「こんな遅い時間に、どうしたのかしら。」

明美はデートの時間も大切だったが、どうしてもこの子供の事が気になった。明美は公園の中に入り、子供のそばへと歩いていく。太郎はというと、神妙な面持ちで公園の外から心配そうに見守っている。

明美は子供に何かを話しかけているようだったが、子供は明美の方に目を向けることすらせすに、ゆっくりとではあるが、ひたすらブランコを漕いでいるだけだった。

太郎が遠くから見ている限り、コミュニケーションは一方通行で、子供は明美に心を開いているように見えなかった。明美は一通り何か話した後で、太郎のところへ戻ってきた。

「駄目ね、何か困ってるのかと思ったけど、何もしゃべってくれないの」

「ねえ、俺、また石を拾ったんだけどさ」

「ちょっと、今、あの子の話をしてるのに…」

「いや、この石に書いてあるのは…」

「いいから!俳句は後にしなさいよ…!」

怒った口調の明美の言葉を遮るように、太郎は俳句を読み上げた。


『流れ星ぼくのウルトラマンはどこ』

(みづちみわ)


句を読み上げて、太郎は続けた。

「これって、あの子の気持ちに寄り添った句じゃないかな…って。」

「え?ウルトラマンって何?」

「ああ、知らないよね。随分前に流行ったヒーローものの金字塔だよ」

「じゃあ、実在しないのね。そのヒーローのお人形でも失くしたんじゃないかしら?」

「いや、そうじゃないよ。実在しないからこそ、実在して欲しいとう願いがここにあるんだよ。季語の力ってそういうものだから」

「つまり、彼にはヒーローが必要だってことね」

「明美…さすがだなぁ。」

明美は褒められて悪い気はしなかったが、太郎が先に正解らしき解釈へ辿り着いたことは、少し悔しかった。

「じゃあ、そのヒーローとやらに、あなたがなってあげれば?」

明美は悔しい気持ちついでに、少し意地悪な質問をぶつけてみた。

「いや、その必要はないよ。この石が空から落ちてきたってことは、願いが届いている証拠だから。次に訪れる困難な場面では、颯爽とウルトラマンが登場してくれるよ。」

「そうなの?それならいいけど、、でも、例えばサンタクロースだって、ないものは用意できないじゃない。流れ星さんも大変ね。」

明美はなんだか、分かったような分からないような気持ちでいたが、そんな彼女のすぐそばに、突然もうひとつの石が降ってきた。

「きゃっ!何よ、もう、危ないじゃない!」

「まあまあ、当たらなかったからいいじゃないの。」

「当たってたかもしれないでしょ!」

明美はまたイライラしていたが、太郎の興味は既に刻まれた俳句の方へと向けられていた。


『流れ星背負う願いの重かろう』

(猫髭かほり)


太郎が句を読み上げた瞬間、明美はすぐに理解した。これは、私の心理に寄り添った句だと。しかし次の瞬間には、考えを改めた。「私の」ではなく、「私達の」心理かもしれない、と。太郎もきっと同じ考えに違いない、この石に刻まれた句は、私達二人の気持ちを代弁した句だと、明美は信じることにした。同じ瞬間に、同じ想いを共有していたい、そういう思考に至るのが、恋人というものであろう。

しかし、万が一でもそれを否定されるのは耐えられない。明美は黙って彼の言葉を待った。それはきっと短い時間だったのだろうが、途方も無い長さにも感じられた。待っている間に明美の脳内では、一遍の詩が紡がれた。


《小さくても重たきものよ流れ星》

(明美)


これが、アンドロイドである彼女が初めて詠んだ「俳句」。しかも、太郎が先ほど石の句に対して返歌を詠んだように、たった今降ってきた石へのアンサー俳句になっている。しかし、彼女は決して声に出す事はしなかった。出したら最後、目の前の俳句男の俳句熱が再燃して、ああだこうだと指摘され、せっかくの時間が俳句だらけになると思ったからだ。ほんの少しだけ勇気を出せば良かったのかもしれないが、明美の中に芽生えた「意地」のような感情が邪魔して、どうしてもそれだけはできないままでいた。


「行こう。」

太郎は珍しく何も俳句については語らずに、黙って明美の手を握り、歩き始めた。予想だにしない行動に出た太郎に、明美はいささか驚いたが、繋がれた手の温もりを感じながら、今はこの時間を楽しむしかないのだと、自分に言い聞かせた。そうして再び二人のデートは再開するはずだった。しかし、全く思いも寄らない展開が二人を待っていたのだ。

 

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