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句養物語 流れ星篇 第4話
【4】
二人とすれ違うようにして、数人の「破落戸」が公園へ入っていった。2人は嫌な予感がして、振り返って彼らの動きを目で追っていたが、明らかにブランコの方へ向かっているようだ。
「最悪だ、、」
二人は同時に呟いた。破落戸共は物騒な顔つきで、ブランコの子供の周りをウロウロして、まさに今、包囲せんとしている。
「ねえ、どうするの?助けてあげなよ」
「いや、俳句以外に特技とかないし…」
太郎は言い訳になってない言い訳を捻り出しつつ、何かできることはないのか、考えていた。子供は恐怖に怯え、今にも泣き出しそうになっている。
「ちょっと、どうするのよ?」
「そんなこと言ったって、、」
破落戸共は、子供をからかうようにして、ちょっかいを出し始めた。
…が、その時である。
二人の憂慮を掻き消すように、少し離れた交差点からけたたましいエンジン音が聞こえてきた。一台のトラックが猛スピードで交差点へ進入し、そうかと思うと急転回して角を曲がり、こちらへ向かってきた。
「え?ド、ドリフトしてる!?」
激しいブレーキ音と共に交差点を曲がり切ったそのトラックは、公園の入口まで走ってきたかと思うと、突然急停車した。
「え、なに??何なの!?」
二人は呆気に取られながら、トラックの運転席付近に目をやると、運転席から、一人の男が出てくるところだった。
「ボクが悪いわけじゃないのよねー」
勢いよくドアが開き、中からドライバーがそう呟きながら出てきたかと思うと、すぐさま片手で力一杯にドアを閉めた。
バーン!と大きな音がしたものだから、二人はもちろん、ブランコ付近の破落戸たちも、ビックリしてトラックに注目した。
「悪いのは、ボクじゃないのにさぁ〜」
熟練した格闘家のような出で立ちのオッサンは、そんなことを呟きながら、太郎と明美には全く目もくれずに、ブランコのある方へとズカズカと歩を進めた。
「え、一体何なの…?」
二人は何が起きているのか理解できず、ただ立ち尽くすだけだった。なんだか分からないが、このオッサンが怒りに満ちていることだけは確かだった。夜の暗い空間の中で、まるで身体中から湯気のようなオーラが発せられているかのようだった。
「納品ミスじゃなくて、発注ミスだよね〜。ボクは言われた通りに運んだだけだから〜」
彼はボソボソと、しかし確実に憤りを込めた言い方で呟きながら、さらにブランコへと近寄っていく。
(マズい、血が流れる…)
直感的に二人はそう思ったが、どうすることもできず、成り行きを見守るしかなかった。
次の瞬間、小さな声で呟いていたオッサンが突然、声を張り上げて叫んだ。
「ああああああ!!!!」
「ひぃぃぃぃ〜!!!」
彼はブランコのすぐそばまで来ていたから、破落戸たちは驚いて、蜘蛛の子を散らすように一目散に逃げた。しかし、子供はブランコに乗ったまま動くことができない。
そして次の瞬間、オッサンは言った。
「あ、きみ。隣、いいかな?」
そう言われて、子供はぽかんとした素振りを見せたが、そのまま黙って頷いた。その子の隣にある空いたブランコへ、彼は腰掛けた。
少し離れたから見守っていた二人は、開いた口が塞がらなかったが、とりあえず最悪の状況は回避されたように見えた。明美はやっとの事で言葉を絞り出した。
「ねえ太郎。もしかして、ウルトラマンの登場シーンって、こんな感じ?」
「い、いや。。全然違うと思うけど。。」
とりあえず、二人は意を決して少しずつブランコの方へ近寄っていった。
奇声を上げて破落戸を一掃し、隣に座った謎のトラックドライバーのオッサンに対して、子供は憧れの眼差しを向けていた。オッサンの方はといえば、ゆっくりとブランコを漕ぎ始めたようだった。
「やっぱり落ち着くわ〜」
先程までの激しい感情とは打って変わって、穏やかな雰囲気を醸し出しながら、彼は続けた。
「ボク、ムシャクシャした時は、必ずここに来ることにしてるんだよね。」
隣で黙ったままの子も、いつまにか笑顔になっている。太郎たちも彼の言葉が聞き取れるくらい、そばまで歩いてきていた。
「ふらここに揺られ夜風の過ぎにけり」
オッサンは俳句のような事を呟いたが、それによって際立つのは、単に深夜徘徊している怪しさだな、と明美は思った。「ふらここ」という慣れない単語が出てきたので、チラッと太郎の方を見た。太郎は驚いたような表情をしていたが、しかし同時に少し嬉しそうな顔つきで、動向を見守っているようだった。明美は単純に、目の前の出来事を一つでも理解したかった。
「あの、、どうかされたんですか?」
意を決して、明美が口を開く。すると、オッサンは二人に気づいていなかったのか、驚いたように二人を見て、答えた。
「あ、見てた?あちゃ〜見られちゃったか〜ゴメンゴメン。」
「なんだか、怒っているようだったので。」
明美に聞かれて、オッサンは答えた。
「そうそう、ボクが悪いわけじゃないのにね、なんでボクが謝りに行くの?って思って、凄いイライラしてたの。まあ、詳しく言うと長くなるから、割愛するけど。」
すると今度は、太郎が口を開いた。
「あの、、」
「うん、何?」
「俳句…好きなんですか…?ふらここは、ブランコのことだし…季語ですから…」
「ふふふ、俳句はね〜、ガソリンだよ。」
「が、ガソリン??」
「それがないと走れない。」
「ああ!なるほど!」
「まあ、ふらここは当季じゃないけど、別にいいよね、そんな事は。」
二人がやり取りを進めていく中で、明美はまたしても置いてけぼりを食らっていた。
「ねえ、太郎。。ガソリンって?」
「ああ、一昔前の自動車燃料のことだよ」
太郎の答えに乗っかるようにして、オッサンは続けた。
「だいぶ前に採り尽くしちゃったんだよね、ガソリン。もうちょっとで季語に昇格するはずだったのにさぁ。」
「ですよねー!後期は冬が旬でしたから!」
「おぉっと!にーちゃんも俳句やるのか?」
「はい、実はそうなんです!」
明美は、何かとても大切なものが音を立てて崩れていくのを感じていたが、もはやこうなると止める術はないと、腹を括るしかなかった
。
「ってことは、あれだな、お二人さんは必然的に、あれだよね。」
オッサンの問いかけに、明美は今こそ二人の時間を取り戻す絶好のチャンスだと思い、口を開いた。
「はい、そうなんです。実はデート…」
そう言いかけた明美の言葉を遮るように、太郎がそれより遥かに大きな声で、ハッキリと答えた。
「はい!実は、吟行中なんです!!!」
「えっっっっ?!」
明美は太郎のすっとんきょうな返答に耳を疑ったが、それによって超新星のように生まれた男性二人の俳句熱を、止められるはずもなかった。
「やっぱりそうか!!で、最終目的地はどの辺なの?」
「あ、えーと。この地図だと、この辺なんですけど。」
「あー、なるほど。この辺りは何もないとこだけど、代わりに星はよく見えるんだよね。ナイスセンス!!」
「ですよねー!ありがとうございます!!」
「結構距離あるから、乗ってけよ!」
「い、いいんですか!?」
「ドライブ吟行も乙なもんだぜ!」
「ちょ、ちょっと…!」
もはや明美にはどうすることもできない。目的地まで二人だけの時間を過ごす事が、今夜の唯一の楽しみだったのに、見ず知らずのオッサンのトラックに同乗するなど、言語道断ではないか…。
オッサンはオッサンで、今度は子供に地図を見せて話し始めた。
「さて、君のおウチはどの辺かな?」
子供はヒーローを見つめるようにキラキラした目つきで、オッサンの顔を見たあと、地図へと視線を落とし、一点を指差した。
「なるほど。古いお城のある辺りだね?」
オッサンが聞くと、子供は黙って頷いた。
「よし。じゃあ四人で出発だ!!」
「宜しくお願いします!!」
間髪入れずに太郎がそう言って、四人はオッサンのトラックでドライブをする事になってしまったのだった。明美はこの状況に対して全くもって納得が行かなかったが、太郎の凄まじいテンションは、出会って以来の過去最高と言っても過言ではなかった。だからこそ、明美は痛感していた。私はこの人を、ここまで喜ばせた事はなかった、と。
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