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先月起きたモデルナ幹部によるインサイダー疑惑について

モデルナ(MRNA)

先月起きたモデルナ MRNA のインサイダー取引疑惑に関して。
既に時間が経ち解決した感もありますが、未だにモデルナの評判を傷つけている疑惑話の1つではあります。コロナウイルスのワクチン期待で再度スポットライトが当たろうとしている今、何が問題になるのかならないのか、まとめておきます。

まずこの疑惑の前後はいくつも問題が出たため、世間では混同されています。少し経緯をおさらいします。

5月18日、モデルナは現在進めているコロナウイルスのワクチンについて、人体への臨床試験(フェーズ1)で抗体が確認されるなど順調に進んでいることを発表しました。ニュースとしても大々的に取り上げられその日の株式市場で株価は60ドル台から高値87ドルまで跳ね上がりました。
しかしモデルナはすぐに一株76ドルで13億ドル規模の公募増資を発表。同時期にニュースサイト「STAT」を中心に反論・疑惑が沸き起こります。
・モデルナの発表には詳細なデータが無く、何か不都合なことを開示していないのではないか。
・治験に参加した人で重篤な副作用が起きた人もいるようだ。
そして
・CEOなど経営幹部が8000万ドル以上にあたる自社株を売却した。
というものです。

今回はこの中で一番深刻に捉えられているであろう経営幹部による株売却の件に焦点を当てています。
この問題は、
「経営陣が自社の株をドンドン売るなんて経営に自信がないのか?」
という経営姿勢や投資家の気持ちの問題と、
「インサイダー取引として価格が釣り上がった株を違法に売却したのではないか」
というトップ逮捕まである深刻な疑惑がミックスされており、株主としてはそこを分けて考えなければいけません。

初めにこのインサイダー話を聞いた時に違和感がありました。というのもインサイダー取引の要件は
1.自社に不利になるような重要情報が表に出る前に所有株式を売った
2.または有利になるような重要情報を知りその前に株式を買った

の2パターンが通常の動機です。モデルナが出したリリースは良い発表でしたから2に当てはまるのでしょうか?しかし実際は株を売ったのです。

となると、1にあるような何か不利になるような情報があるのでしょうか。ワクチンに関するネガティブな情報は現時点では出て来ていません。唯一の心当たりは大きな公募増資を行ったことです。
しかし「公募増資の価格を上げるためにポジティブな発表をした?」という話は幹部のインサイダーとはまた別の話です。こんなニュースもありますので興味のある方は調べてみてください。

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さてまずアメリカの上場企業のCEOともあろう人が、法律を知らずに自己株をいきなり売る訳はありません。アメリカにはSEC(証券取引委員会)が作ったルール10b5-1というものがあります。
簡単に説明すると
1. 売買する株数、価格、日付を事前に前もって指定する。
2.またはブローカーに株をいつどのように売買するか一任する。

いずれかの方法により経営陣が売買タイミングをコントロールする権利を制限し、インサイダー取引をすることを防ぎます。

つまり何か起こってから慌てて売り買いすることなどできません。極めてオープンに、計画的にやるしか無い訳です。

しかしまだ抜け道は無くはありません。例えばある日に株を売る予約をしておいて、直前に良い発表をする。情報開示をコントロールすることにより自分の利益にするという方法です。

モデルナは5月18日にワクチンに関するポジティブな発表をしましたが、今回の株の売却は1回では無く今年に入ってから継続的に行われているものです。その数30回。株価が低いうちから一貫して売ってきていますので、そのうちの1回のタイミングがたまたま今回でした。

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これを見ると必ずしも高値タイミングを狙ったようには見えません。底値での売却も多いですし、またモデルナのCEOは5月18日の発表の3日前にも大きな量の株式を売っています。

一連の事実をインサイダーの疑惑とするには、

モデルナの幹部が株式の売却タイミングを申請する以前に、重要な情報=今回の場合はワクチンのフェーズ1の治験結果や公募増資、を知り得ていた。

ことが必要です。当然そんなに前から決まっていた事実ではありません。
そうなると「株の売却に合わせて発表をしたからインサイダー取引」という疑惑は当てはまらないということになるでしょう。

ここを曖昧に運用すると、毎日動きのある会社経営で良いニュースも悪いニュースも出てくる訳ですから、内部の人間が株を売ることを禁止しない限りいくらでもインサイダー疑惑になってしまいます。

※なおルール10b5-1については完璧ではなく、問題もあるようで日本の証券取引所も下記のようなレポートを出しています。興味のある方は深掘りしてみてください。
https://www.jpx.co.jp/corporate/research-study/research-group/nlsgeu000001l1e9-att/20151225_2.pdf

基本的にモデルナの株価は年初から大きく上昇しており、今まで大量に売ってしまった経営陣はむしろ機会損失をしたと言えるでしょう。ではなぜ彼らが今年になって一貫して株を売っているのか、それは私にはわかりません。経営姿勢を疑問視する場合は別の答えを探す必要があります。

いずれにしても上記のような理由で「モデルナの経営陣がインサイダー取引をした」という疑惑は、当てはまらないと考えています。株式投資の参考になれば幸いです。

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