見出し画像

ふたり旅(高知篇)

 5月上旬、僕と恋人は高速バスにのって高知県を訪れた。連休を利用した、一泊二日の旅だった。

【一日目】 桂浜から屋台餃子まで

 高知駅に到着してから、まず僕たちは桂浜へと向かった。バスに揺られて40分、街を抜けた先に海が見えてきた。車窓に目をやると、空と海だけがきれいに収まっている。

右側の席に座るべきだった

 僕はずっと海に見惚れていたかったが、バスは山道に入り、そこで渋滞にのみこまれた。蟻の行列のように自動車の群れがうねった道を埋めていた。やはり大型連休はすごいなあと思いつつ、ここ二年ぐらいは安易に遠出できなかった気がするから、正直ちょっぴり懐かしかった。
 桂浜に来たのは、桂浜水族館に行ってみたかったからだ。バスを降り、ゆるりとした坂を上れば海が見えて来て、そのまま道を下ると桂浜水族館がある。波音を耳にしながら入場料を購入し、中に入る。順路のようなものがあり、それに従いながら生き物を見ていくのだけど、いまでも印象に残っているのはアシカだ(ここから汚い話をするので注意してください!)。たまたま僕らがアシカを眺めているときに、あるアシカが突然唸り声をあげ、プールのなかで糞をした。水中に茶色いキノコ雲ができあがる頃、当のアシカがビュンとそこから泳ぎ去ってしまったので、おかしくて笑ってしまった。

トドとアシカの区別がついてない。これはアシカ?

 桂浜といえば坂本龍馬像になるのだろうけど、僕らは水族館で満足してしまい、早々に高知駅行きのバスにのりこんだ。まだお昼すぎだったけれど、もう二人ともうつらうつらしていた。
 バスを降りたそのあと、列車で朝倉駅をめざした。実をいうと、僕は昔、進学のために高知で暮らしていた。卒業してからは訪ねたことがなかったけれど、恋人にお願いして久しぶりにキャンパスに来てみようと思った。高知駅周辺に比べると、朝倉は割と閑散としている。でも、懐かしくて胸が苦しい。大学は目立たない場所に存在している。連休中とあって、人の姿はほとんど見かけなかったけど、そのおかげでじっくりと過ごすことができた。
 大学近くの停留所から路面電車にのり、しばらくの間、ガタゴト揺られていた。何度も通って眺めてきた景色。緩慢な速度から、のびのびとしたこの町の空気がとても好きだったことを思い出す。大橋通りで降りると、街の賑わいがみえた。

ひろめ市場はいつも人いきれ

 本当は「ひろめ市場で夕食を」と思っていたのだけど、中は鮨詰め状態で、座る席など残っていなかった。まあでも、これは想定通りだった。お店でタコと鶏の唐揚げだけをテイクアウトしてひろめ市場を後にし、近くのファミリーマートでお酒やおつまみを買い揃えて、僕らはホテルにチェックインした。いままでの疲労を椅子に預けつつ、僕らは静かに乾杯をした。久しぶりのアルコールで頭はフワフワし、心臓のドラムが全身に響く。まだ夜も浅い頃だったが、僕らは気づけばベッドに横になり、意識が遠ざかるのに身を任せた。
 目が覚めたのは夜の11時だった。起き抜けの気だるさを引き連れ、外へ出る。街は薄明るかった。スマホを頼りにして僕らは屋台安兵衛を目指す。静かで冷たい空気の中を進んでいたのに、突然、温かなざわめきが聞こえてきた。もうスマホは必要なかった。音のほうへ近づくと屋台が現れた。席についた僕らは餃子とラーメンを注文した。料理を口にした途端、僕は心を掴まれ、滋養が体に染み入るのを感じた。深夜の食事は背徳感を伴うはずなのに、そんなことは忘れていた。会計を済ませ、屋台を離れながら、僕らはいつかまた来ようと誓った。

一口サイズで食べやすい餃子
あっさりとした醤油ラーメン

 中途半端に胃袋が起きてしまったので、帰り道にローソンでおつまみとアイスを買った。お店を出ると小雨が降っていた。小走りでホテルに戻り、部屋でだらだらと過ごす。久しぶりに探偵ナイトスクープを見た。そして二度目の睡魔にそそのかされ、布団の中で目をつむった。

【二日目】 高知城と帯屋町商店街

 朝早くに起きたような気がするけど、出かけるための準備に時間がかかって、結局部屋を出たのは午前9時すぎだった。旅行には似合わない雨降りで、恋人の傘の中に入って歩いた。
 僕のわがままで、帯屋町にあるメフィストフェレスという喫茶店を訪れた。悪魔の名を冠した、おしゃれな老舗喫茶店だ。窓際の席に案内され、腰を下ろす。二人ともホットサンドモーニングを注文した。料理が来るまでの間、このあとどこへ行こうか話し合ったり、外に置かれている像を撮ったりしていた。

悪魔の像。ちょっと乙女な感じ

 料理が運ばれてきた。軽い気持ちでサラダに添えられたポテトサラダを食べてみたら、あまりのおいしさに驚いた。なにこれ。舌が鈍感なのでどのような類の調味料が入っているのかはわからなかったけれど、いままで食べたポテトサラダの中で一番好みの味だった。今度はホットサンドを齧る。サクサクのトーストの中にポテトが入っていて、シンプルな味付けなのに頬が落ちるほどおいしかった。

ホットサンドモーニング。あなたもぜひに。

 腹ごしらえを済ませた僕らは、高知城へと向かった。本丸までは長くてまどろっこしい階段が伸びている(一気に攻められないようにするための知恵だろう)。歩いて上っても息が切れ、額の汗を拭った。天守閣の中を見学することができるのだけど、そこにも急な階段がしぶとく待ち構えていたので唖然としてしまった。ここで暮らしていた先人たちは、もしやカエルのように脚力だけ異様に発達していたのではないかと、ついつい夢想した。天守閣からの見晴らしはよかったけど、いかんせん天候のせいで微妙だった。

天守閣からの眺め

 まだ帰りのバスの時間までかなり余裕があったので、帯屋町商店街をぶらぶらすることにした。この通りも、僕が大学生の頃によく遊んだところだ。金高堂書店に立ち寄り、牧野富太郎の『植物一日一題』を購入してみたところ、可愛いオリジナルのブックカバーをつけてくれた。
 Zooという名前の雑貨屋さんでうろうろしていたら、可愛いイヤーカフを見つけた。ここ数年イヤーカフに憧れがあり、恋人もそれは知っていたから、向こうが「買うよ?」と言ってくれた。でも、自分だけ買ってもらうのは申し訳ないし、ちょっと恥ずかしい。あなたも何か買うなら一緒に買うけど…。恋人は目当ての品が見つからなかったらしい。とりあえず、この近くにママイクコという別のお店があるらしいので覗いてみた。恋人がヘアゴムや髪留めを眺めているときふとメガネが目に入り、遊びの気分で「かけてみてよ」と促した。しかしこれが予想以上にお似合いで、折角だからプレゼントすることにしたのだけど、向こうはどこか焦った素振りを見せた。「じゃあ私がイヤーカフ買うからさっきの店に戻ろうよ」。
 念願のイヤーカフを、緊張と照れを押し隠しながら耳に嵌める。途端に不安が押し寄せ、恋人の目を見る。…うん、いい感じだよ、チャラいねえ。まさか旅行中にイヤーカフデビューするとは思っていなかったけれど、こういう調子乗ってるタイミングって大事だよなあと思った。旅先でプレゼント交換するのも特別感があっていい感じ。
 あとはもう、大して面白みはないかもしれない。高知駅でお土産を買ってバスに乗りこみ、故郷の町まで揺られた(眠った)。今度は恋人の運転でコメダ珈琲店に寄り、エビカツパンを食べた。恋人と別れを告げて、家に帰り、鏡の前に立つ。イヤーカフつけてるのウケる。でも、悪い気はしなかった。

またね