夜更けとともに、雨が降り始めた。車のフロントガラスにびっしりと並ぶ透明な粒が、スーパーマーケットの明かりを受けて、ときどき砂金のように輝きを放つ。僕は恋人の運転する車の助手席に腰かけ、雨音に耳を傾けていた。僕たちに行くあてはもうなかったけれど、かと言って解散を切り出す度胸もないまま、駐車場で時間だけが過ぎていった。雨の雫が、周りの雨粒を道連れにしながら、フロントガラスを真っすぐに滑り落ちていく。ただそれを眺めてみる。

 僕は、はっきりと理解していた。恋人が抱えている問題と、それによって明日から再び始まる仕事の日々に対して気後れしていることを。恋人が直面している悩みについて具体的な部分は割愛するけれど、それが僕の経験にはないものだったから、どういう風にその話題に触れればいいのかずっとわからなかった。逃れるように、あえて他愛のない話を口にしては、本当はそうしたい訳ではないと自分を責めた。

 結局、時間に迫られた恋人の車は僕の家の前に止まった。別れが近づいていた。だけど車を降りる気にはなれなかった。夜の重たい空気に押し出されるように、いつの間にか恋人は素直に思いを吐露し始めた。明日行きたくない、帰りたくない、しんどい、嫌だ…。僕は頷く。僕の頭の中に「年上の彼氏らしく」という言葉が浮かんだ。少し前に知り合いからそう言われたのだ、「あなたが動じたらダメだ」と。でも、自分が遭遇したことのない苦しみに対して、僕に何ができるのだろう。恋人の苦しみは本人が一番よく知っているのに、僕の方は一体何を知っているのと言えるのだろう。そこでふと、まず恋人の立場になって考えてみようと、相手の憂鬱を想像してみたところ、つい涙が込み上げてきた。不覚だった。熱い雫が頬を真っすぐに滑り落ちていく。僕の情けない有様に気がついた恋人も、我慢していた涙を解き放った。ただ二人で涙をこぼした。結局のところ、僕にできることといえば泣くことぐらいだったのだ。

 そのあともしばしば考える。大事な人の悲しみに何かしてあげたい(でもどうすればいいのか悩ましい)、そういうときの最適解とは何かと。この文章を書いている、現時点での僕は、泣くことしかできなかったあの夜の僕をそれほど恥ずかしいとは思っていない。それでも、きっと他にも違った寄り添い方があるはずだから、本や歌を頼りにしながら、これからも考えていきたい。

 今、外では雨が降っている。雨音を聞いていると、あの夜一緒に泣きあった二人の姿をありありと思い出す。もし明日会えたら、何を食べよう。急に寒くなったからあったまるものがいいなあ。そしてそのあとはおしゃべりしながら散歩して……。