悪いことは重なるなあ

 つらいことが続いている。僕の身には何も起こっていないけれど、それがまたつらい。初めて聞く地名の人、身の回りの人、自分以外の人々の苦しみに、僕ができることは何だろうか。

 インターネット上の知り合い(と言ってもその人の顔も本名も知らない)が、しばらく何の音沙汰もないので心配していたところ、亡くなったという報せが入ってきた。本当に突然のことだった。おそらく、まだ三十代。少し前にはライブに行っていたし、大きな病気を患っている様子もなかった。僕はその人と親しい間柄ではなかったけれど、なぜか僕の文章を褒めてくれたのを覚えている。とても嬉しかった。まぶしい夕日がビル谷の底に沈んで、夜の冷たさが訪れた。この文章もあなたには届かないままだ。

 職場の方でも、ご主人が病気で倒れたとか、お母様が亡くなられたとか、つらい話がいろいろ起こっている。やはり、辺りの空気が重苦しくなった気がする。ふとしたきっかけで同僚と話すことがあって、軽い気持ちで体調を気遣ったら、受話器の向こうから震えた声が聞こえた。電話を切ったあとも、何ならこの文章を書いている今でさえも、同僚のすすり泣く声が僕の頭の中で鋭くこだましている。

 昔から星野源さんが好きで、人生のさまざまな場面で助けられてきたけれど、このところは「くせのうた」の「悪いことは重なるなあ」というフレーズをよく思い返す。「悪いことは重なるなあ/苦しい日々は続くのだ/赤い夕日が照らすのは/ビルと日々の陰だけさ」。出口の見えない真っ暗な日々の中で、この歌詞をお守りのように記憶から取り出しては、じんわり救われた気持ちになった。歌がそばにいてくれるような気がした。

 さあ、どうしよう。あんまりつらいからこの文章を書き始めてしまった。ある時期から、文章というのは僕の逃げ場所になった。ああ、つらすぎる。乱視のせいか、正気がぼやける。心の裂け目からキーンという歪んだ音が波打っている。でも、生活はつづいていく。いつ自分があちら側に呼ばれるかわからない。だから、当たり前のように僕なりに暮らしていこう。…そう言ってやるのが今の精いっぱいだ。部屋は薄暗く、町はすっかり眠りについている。明日も仕事がある。雨の予報だけど、柔らかい朝の光をイメージする。きっとそれが僕を目ざめさせてくれるはずだから、とりあえず今は明るくあきらめて眠ろう。