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インドネシア契約法(1)-どのような場合に契約は成立するのか?

1 はじめに

 マガジン名を「インドネシア法について、あれこれと」としながらも、最近は、「雇用創出オムニバス法」の記事に偏っていた。そこで、趣向を変えて、「インドネシア契約法」をいくつかのテーマに分けて取り上げたい。
 初回のテーマは、「どのような場合に契約は成立するのか?」である。

2 日本とインドネシアの契約法は似ている?!

 契約法は、主に民法に根拠をおく。民法とは、市民間のルールを定めたもので、市民間の契約のほか、物に対する権利(例えば、不動産の所有権)などを定めている。

 結論から述べると、日本とインドネシアでは、契約法の基本的な発想は似ている。

 インドネシア民法は、オランダ植民地支配の影響で、オランダ民法に準拠しており、オランダ民法がフランス民法の影響を受けているため、いわゆる「大陸法系」に属する。ちなみに、インドネシア民法の原文は、オランダ語である(ただし、インドネシア語の翻訳は存在する。)。
 一方で、日本民法も、フランス民法の影響を受けており、同様に大陸法系である(その他、ドイツ民法の影響も受けている。)。従って、日本とインドネシアでは、必然的に、民法、さらに契約法の基本的な発想は似通ることになる。

 ここで、「大陸法系」について少し説明する。シビル・ロー(Civil Law)と言われ、予め定められた法によってルールが形成されている。ヨーロッパで発展した法体系である。日本だと、交通ルールを定めた道路交通法を例にすれば、分かり易い。
 一方で、英米法系、いわゆるコモン・ロー(Common Law)では、裁判所の個々の判断が積み重なってルールが形成されていく。米国の人気ドラマ「SUITS」で、マイクが図書館に籠って文献を読み漁り、その後、「〇〇州の裁判所で、・・・という判断が下されている」と、どや顔でハーヴィーらに語るシーンを覚えている人もおられるだろう。また、筆者が米国ロースクールに留学した当初、分厚いケースブックを用いて、裁判所が過去の事案でどのような判断を下したのかをひたすら学ぶ、というコモン・ローの学習法に戸惑ったことを覚えている。
 ただ、誤解していただきたくないのは、大陸法系でも、裁判所の判断に影響がないわけではないし、英米法系でも、予め定められた法がないわけではない。ルール作りの基本的な発想が異なるのである。

3 日本の契約法

 そこで、まず、日本の契約法について簡単に触れる。

(1)どのような場合に契約は成立するのか?

 日本民法は、第三篇「債権」の中の第二章に「契約」(521条~696条)をおく。

 まず、民法521条を見てみよう。

(契約の締結及び内容の自由)
第五百二十一条 何人も、法令に特別の定めがある場合を除き、契約をするかどうかを自由に決定することができる。
2 契約の当事者は、法令の制限内において、契約の内容を自由に決定することができる。

 法令の制限(※)はあるものの、契約の締結と内容の自由がそれぞれ認められている。
※ 例えば、労働基準法には、労働者保護の観点から、企業が守るべき最低基準のルールが定められており、これに反する契約は無効となる。

 次に、民法522条を見てみよう。

(契約の成立と方式)
第五百二十二条 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。
2 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。

 「申込み」(契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示)と「承諾」があれば、契約は成立する。このように、契約の成立には、当事者の意思表示の合致が必要となる。
 また、口頭でも契約は成立するが、特別法で契約書の作成が求められる場合もあるため、注意されたい(民法522条2項)。
 さらに、合意内容を明確にし、「言った言わない」の後日のトラブルを避けるためにも、契約書の作成は重要である。契約書の作成を怠ったがために、トラブルに発展した事例は枚挙にいとまがない。

 次は、友人同士のAさんとBさんの会話である。

<AさんとBさんの会話> 
Aさん: (ある本を見せながら)ミスって、この本を2冊買ってもうた。
Bさん: まじで。最悪やな。
Aさん: ごめんやけど、定価で買わへん?
Bさん: しゃあない。俺も欲しかった本やし、定価で買うわ!
Aさん: まじで!ありがとう!
※大阪で生まれ育った筆者が使う関西弁です。

 この場合、「(この本を)定価で買わへん?」がAさんの「申込み」である。これに対して、Bさんは、「定価で買うわ!」と「承諾」している。
 つまり、AさんとBさんとの間で、「この本を定価で売買する」という意思表示が合致しており、売買契約が成立している。

 念のため、「売買」について定めた民法555条を見てみよう。

(売買)
第五百五十五条 売買は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金を支払うことを約することによって、その効力を生ずる。

 ここでは、当事者の一方(Aさん)が、ある財産権(この本)を、相手方(Bさん)に移転することを約し、相手方がこれに対してその代金(定価)を支払うことを約しており、その効力が発生する。

(2)どのような場合に契約は有効となるのか?

 さらに話を進めて、例えば、Bさんが、その本を見間違えていたとしたら、どうだろうか。実は欲しかった本ではなかったと、Bさんがあとで気づいた場合である。

 この場合、「錯誤」が問題となる。民法95条を見てみよう。

(錯誤)
第九十五条 意思表示は、次に掲げる錯誤に基づくものであって、その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであるときは、取り消すことができる。
 一 意思表示に対応する意思を欠く錯誤
 二 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤
2 前項第二号の規定による意思表示の取消しは、その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたときに限り、することができる。
3 錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
 一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。
 二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
4 第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。

 ここでは、細かい説明は省略するものの、この法律上の要件を充たせば、Bさんは、「錯誤」に当たるとして、契約を取り消すことができ、この場合、契約は無効となる。

 このように、日本の契約法では、契約が成立したものの、無効となる場合がある。錯誤のほかにも、例えば、「詐欺」や「強迫」があった場合に、契約を取り消すことができる(民法96条)。また、契約が公序良俗に反する場合には、無効となる(民法90条)。さらに、契約当事者が未成年であるなど、「行為能力」に欠ける場合には、契約を取り消すことができ、この場合、契約は無効となる(民法5条)。

4 インドネシアの契約法

 インドネシア民法は、第三篇に「契約」をおく。1233条~1864条と条文数はかなり多い。

 1338条は、契約自由の原則を体現しており、有効な契約は当事者を法的に拘束すると規定する。

 そして、1320条によれば、契約が有効になるためには、以下の4要件が求められる。

 ① 契約当事者の合意
 ② 契約締結能力
 ③ 契約対象が特定されていること
 ④ 適法性が求められる。

 ①は、日本の契約法でいう、当事者の意思表示の合致に相当する。ただし、インドネシア民法には、「申込み」や「承諾」に関する規定はない。もっとも、実務上、日本の契約法のように、「申込み」と「承諾」があれば、①を充たすと考えられているようである。さらに、インドネシア民法では、錯誤、詐欺、強迫があった場合には、有効な契約だとは認められない(同法1321条)。
 ②は、日本民法の「行為能力」に相当する。インドネシア民法は、未成年者と後見人の監督下にある者を、契約締結能力を欠く者としている(同法1330条)。
 ③は、日本の契約法でも同様である。AさんとBさんの売買の例を思い出して欲しい。少なくとも、Aさんが持っていた本と、対象が特定されていた。契約対象が特定されていなければ、契約は成立しない。
 ④について、インドネシア民法では、法律や公序良俗に反しないことが明記されている(1337条)。
※ 細かいことを言えば、①、②は取消事由で、③、④は無効事由となる。 

 このように、インドネシア民法1320条は契約の有効要件を定めており、日本の契約法と比べると、成立要件と有効要件の考え方が異なるように思われるが、おおむね似たような内容である。

5 最後に

 以上のとおり、前記の4要件を充たせば、基本的にインドネシアでは契約は有効となる。
 ただし、法律に違反しないことが契約の有効要件となっているように(前記④参照。)、個別法のチェックが重要となる。例えば、インドネシア労働法には、労働者保護の観点から、企業が守るべき最低基準のルールが定められており、これに反する契約は無効となる。
 従って、日本企業がインドネシア法を準拠法としてインドネシア企業と取引を行う場合には、個別法の有無やその内容の確認も含めて、インドネシア法の専門家からのサポートを受けることが望ましい。

 次は、インドネシア契約法における「インドネシア語の使用義務」を取り上げたい。インドネシア企業と契約書を交わす際に、インドネシア語で作成する必要はあるのか(英語だけの契約書では不十分なのか)、といった問題である。


※ 本コラムは、一般的な情報提供に止まるものであり、個別具体的なケースに対する法的助言を想定したものではありません。個別具体的な案件への対応等につきましては、必要に応じて弁護士等への相談をご検討ください。また、筆者は、インドネシア法を専門に取り扱う弁護士資格を有するものではありませんので、個別具体的なケースへの対応は、インドネシア現地事務所と協同させていただく場合がございます。なお、本コラムに記載された見解は筆者個人の見解であり、所属事務所の見解ではありません。

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