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インドネシア契約法(3)-契約解除に裁判所の手続が必要?!

1 はじめに

 インドネシア企業が契約に違反した場合に、契約を解除し、又は損害賠償を請求することがある。インドネシア契約法では、契約を解除しようとする際、違反された側にとって負担の大きい、特殊な手続を踏むことが求められる。以下では、その内容とともに、それを回避するための対応策について解説する。

2 契約解除に求められる特殊な手続

 以下の事案を見ていただきたい。

 日本企業・A社の社長は、ジャカルタへの出張時、インドネシア企業・B社から、〇〇ルピアで△△という製品を購入することに決めた。ジャカルタ滞在中に売買契約書を交わし、その場で、売買代金の一部を送金する手続を取った。なお、残りの売買代金は、A社への製品の納入後に支払う、との条件であった。A社の社長は「良い物を手に入れた」と大変喜んでいた。
 しかしその後、約束の納入期限を過ぎても、B社からの製品の納入はなく、A社が何度もメール等で催促をしても、B社からの返答はない。B社の資金繰りが悪化しているという情報にも触れた。B社と交わした売買契約書を確認すると、納入期限を過ぎて製品の納入がなかった場合には契約を解除できる旨が記載されていた。その他、解除に関する規定はないようだった。
 A社としては、この売買契約を解除して、既に支払った売買代金を取り返したいと考えている。
 なお、この売買契約書では、準拠法はインドネシア法とされていた(つまり、この売買契約は、インドネシア法に基づき解釈される。)。A社の社長は、B社からの提案を受けて、準拠法を日本法ではなく、インドネシア法にすることで妥協したことを思い出した。
※ この事案は、筆者が作成した架空の事案である。

 日本国内の日本企業同士の取引でも、似たような話は存在する。日本では、製品の納入の遅れを理由に、売買契約の解除と、既に支払った売買代金の返金を求める旨を記載した通知書を送付する、といった対応になる。この場合、通知書が買主に到達すれば、解除の意思表示は法的に有効となる。

 では、前記の事案に戻ろう。A社はB社に、前記のような通知書を送付するだけで、売買契約を有効に解除することができるのだろうか。

 答えは、NO(ノー)である。

 インドネシア民法1266条は、契約違反の解除事由が契約書に明記されており、これを充たす場合にも、裁判所の承認を必要とする。
 つまり、A社としては、売買契約を解除するためには、前記のような通知書を送付するだけでは不十分となる。これだけだと、B社は、民法1266条を根拠に、「契約は解除されていない」と反論することができてしまう。
 A社の社長は、インドネシアで裁判所の手続をとらなければならないことに暗澹たる思いを抱くことになってしまうわけである。

3 対応策

 では、何らかの対応策はないのか。

 実務上は、民法1266条の適用を排除する旨を、契約書に定める方法が存在する。例えば、以下のような規定を契約書に設けることが考えられる。

For the purpose of termination of this Agreement, the Parties agree to expressly waive the provisions of Article 1266 of the Indonesian Civil Code to the extent that the Parties agree not to seek any approval from the courts or require the other Party to seek any approval from the courts in order to effectuate the termination of this Agreement.

 to the extent that とは、「・・・という限度で」という意味で、英文契約書の頻出表現である。ここでは、「当事者が契約解除に裁判所の承認を必要としない」という限度で、民法1266条の適用を排除する、という意味となる。

 なお、インドネシア民法1267条は、契約違反があった場合に、契約に従い義務を履行することや、損害等の賠償とともに契約解除を求めることができる旨が規定されている。そこで、民法1266条とともに、民法1267条の適用を排除する旨の規定も実務上は見られる。前記の規定例であれば、Article 1266 and "1267"と追記することになる。

 前記の事案だと、もし、A社とB社との売買契約書に、このような民法1266条の適用を排除する旨が定められていたのであれば、A社としては、インドネシアで裁判所の手続をとることなく、売買契約を有効に解除することができた。つまり、売買契約の解除と、既に支払った売買代金の返金を求める旨を記載した通知書を送付することで、少なくとも、民法1266条を根拠に、「契約は解除されていない」とのB社の反論を受けることはなかったのである。

 ただし、B社が任意に売買代金の返金に応じない場合には、解除の法的な有効性の問題とは別に、インドネシアの裁判所で民事裁判を提起することを検討する必要がある。

 なお、前記の規定例は英語で記載しているが、契約書におけるインドネシア語の使用義務については、前回の記事「インドネシア契約法(2)」をご覧いただきたい。インドネシア企業等との間で契約書を交わす場合、インドネシア語で契約書を作成しなければならない。従って、実務的には、契約書にインドネシア語で前記の規定例と同内容を併記することになる。

4 最後に

 以上のとおり、インドネシア企業と取引を行い、準拠法がインドネシア法となる場合には、契約解除に裁判所の承認を必要とするインドネシア民法の原則ルールと、それに対する対応策を念頭に置いていただきたい。

 次は、インドネシア契約法の「準拠法」と「紛争解決条項」を取り上げたい。インドネシア企業と取引を行い、契約書を交わす際、準拠法をどのように定めるのか(インドネシア法でなければならないのか、外国法とすることはできるのか)、紛争解決方法をどのように定めるのか(インドネシアでの裁判か、インドネシア国外での裁判か、裁判ではなく仲裁とするのか、仲裁とする場合、インドネシア国内か国外か)、といった問題である。


※ 本コラムは、一般的な情報提供に止まるものであり、個別具体的なケースに対する法的助言を想定したものではありません。個別具体的な案件への対応等につきましては、必要に応じて弁護士等への相談をご検討ください。また、筆者は、インドネシア法を専門に取り扱う弁護士資格を有するものではありませんので、個別具体的なケースへの対応は、インドネシア現地事務所と協同させていただく場合がございます。なお、本コラムに記載された見解は筆者個人の見解であり、所属事務所の見解ではありません。

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