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インドネシア契約法(2)-インドネシア語で契約書を作成?!

1 はじめに

 インドネシア企業と取引を行う場合には、インドネシア語で契約書を作成しなければならない。インドネシア企業との取引で念頭に置くべきルールではあるが、インドネシア企業との国際取引において、英語だけで契約書が交わされるなど、怠りがちなルールでもある。以下では、このルールについて解説する。

2 言語法

 インドネシアには、契約に関する特別なルールがある。

 「言語法」である。正式には、国旗、国語及び国章並びに国歌に関する法律2009年24号という。以下の言語法31条を見ていただきたい。

<言語法>
第31条
1項 州機関、政府機関、民間機関、インドネシア市民を当事者とする覚書又は契約において、インドネシア語を使用しなければならない。
2項 第1項の覚書又は契約が外国主体を当事者とする場合、外国主体の公用語又は英語を併用しなければならない。

 つまり、インドネシア企業等との間で契約書を交わす場合、インドネシア語で契約書を作成しなければならない(※)。ただし、外国企業等が契約当事者となる場合には、その公用語又は英語を併用することができる。例えば、日本企業とインドネシア企業との取引の場合、インドネシア語に加えて、日本語又は英語で契約書を作成することができる。

 このルールは、契約の準拠法をインドネシア法ではない外国法としていても、インドネシア企業等が契約当事者となる場合には、その適用を逃れられない「強行法規」とされている。例えば、日本企業とインドネシア企業との取引の場合、両者の合意で日本法を準拠法としても、この言語法のルールの適用を回避することはできない。

※ インドネシアでは、法令で別段の定めがない限り、口頭でも契約は成立する。この場合、インドネシア企業等が契約当事者であれば、言語法を踏まえると、インドネシア語でやり取りをしなければならないことになる。

3 言語法の細則

 2019年9月、言語法の細則として、インドネシア語の使用に関する大統領令2019年63号が制定された。契約に関する条項は、以下の26条である。

<大統領令2019年63号>
第26条
1項 州機関、政府機関、民間機関、インドネシア市民を当事者とする覚書又は契約において、インドネシア語を使用しなければならない。
2項 第1項の覚書又は契約が外国主体を当事者とする場合、外国主体の公用語又は英語を併用しなければならない。
3項 第2項の外国主体の公用語又は英語は、外国主体との覚書又は契約の理解を同じくするために、インドネシア語と同等のもの又は翻訳として使用しなければならない。
4項 第3項のインドネシア語と同等のもの又は翻訳の解釈に齟齬が生じる場合には、優先言語は、覚書又は契約で合意した言語でなければならない。

※ なお、外資企業(いわゆるPMA企業/例えば、日本企業がインドネシアで設立した子会社)は、インドネシア企業として、言語法31条1項の「民間機関」に当たるとされている。この点に関する問題は後述する。

 この1項、2項は、言語法31条1項、2項と同内容であるから、この3項、4項が重要となる。

 まず、比較的分かり易い4項について解説する。
 4項は、外国企業等が契約当事者となり、その公用語又は英語を併用した際、インドネシア語とこの公用語等との間に解釈の齟齬が生じる場合に、当事者が合意で後者を優先言語とすることを認めるものである。例えば、日本企業とインドネシア企業との取引の場合、インドネシア語に加えて、日本語又は英語で契約書を作成することができ、後者を優先言語にする旨を契約書に明記すれば、仮に両者に解釈の齟齬が生じた場合にも、後者、すなわち日本語又は英語が優先言語となる。
 この4項のルールは、大統領令2019年63号が制定される以前の実務的な運用を確認するものである。

 次に、3項である。これは少し分かりにくい。
 大統領令2019年63号が制定される以前は、インドネシア語と英語等を併記する契約書を作成するほか、英語等で契約書を交わしたのち、インドネシア語で契約書を交わすことで、言語法が求めるインドネシア語の使用義務を充たそうとする例があった。
 これに対して、「インドネシア語と同等のもの又は翻訳として」という3項の文言を踏まえて、インドネシア語の契約書と英語等の契約書は同時に存在しなければならない、との解釈が実務上存在する。そこで、実務的には、インドネシア語と英語等を併記する契約書を作成するという対応を取った方が無難といえる。

4 言語法違反のサンクション

 このように、インドネシア企業と取引を行う場合には、インドネシア語で契約書を作成しなければならない。では、このルールに違反した場合はどうなるのか。

 言語法や大統領令2019年63号には、ルール違反の場合の効果については記載されていない。
 もっとも、言語法の制定後、大統領令2019年63号が制定されるまでの事案であるが、2013年、西ジャカルタ地方裁判所で、米国法人(貸し手)とインドネシア企業(借り手)との間で英語のみで作成された融資契約書が言語法違反を理由に無効と判断された。「インドネシア契約法(1)」で述べたように、適法性が契約の有効要件の一つであるところ(インドネシア民法1320条)、言語法に違反しているから、契約は無効になる、との理屈である。その後、この地裁判断は、2015年に最高裁判所でも維持された。

 前記のとおり、大統領令2019年63号がインドネシア語の使用義務に違反した場合の効果について定めていない。すると、同大統領令の制定後においても、この最高裁判決を無視することはできず、インドネシア語の使用義務に違反した場合に、契約が無効になってしまう可能性は否定できない。

※ ただし、インドネシアでは、最高裁判所の判断がその後の事件で参考にされることはあるが、一般的には、先例拘束性はないと言われている。

5 その他の問題点

 外資企業(いわゆるPMA企業/例えば、日本企業がインドネシアで設立した子会社)は、言語法31条1項の「民間機関」と同条2項の「外国主体」のいずれに当たるのだろうか。

 外資企業は外国主体ではなく、インドネシア企業として、「民間機関」に当たるとされている。
 すると、外資企業とインドネシア企業が取引を行う場合には、インドネシア語で契約書を作成しなければならないところ、英語を併記した上で、両者の解釈の齟齬が生じる場合に英語を優先言語とする旨を契約書に明記することができるだろうか。

 大統領令2019年63号3項、4項は、外国主体を当事者とする場合を定めるものであるから、ここでは適用されない。
 そこで、少なくとも二つの解釈が実務上存在する。一つは、大統領令2019年63号が禁止していない以上、前記の対応を認めるものである。もう一つは、外資企業とはいえ、インドネシア企業である以上、インドネシア語の理解が求められるため、英語を併記したとしても、英語を優先言語とすることはできない、というものである。
 筆者が調査した限り、確定的な見解は確認できず、今後の動向も含めて確認していく必要はある(むしろ、確定的な見解があれば、教えていただきたい。)。
 とはいえ、あくまでも私見ではあるが、インドネシア語の使用義務を果たしていれば、言語法の違反の問題は生じないのであるから、少なくとも、外資企業とインドネシア企業との取引では、インドネシア語に加えて、英語を併記した上で、英語を優先言語とする旨の契約書を締結したとしても、特段問題ないように思われる。

6 最後に

 以上のとおり、インドネシア企業と取引を行う場合には、インドネシア語で契約書を作成しなければならない、というルールを念頭に置いていただきたい。

 次は、インドネシア契約法における「債務不履行解除」に関する留意点を取り上げたい。インドネシア企業が契約に違反した場合に、契約を解除し、又は損害賠償を請求することがある。インドネシア契約法において、解除にどのような手続が必要となるのか、この点に関し、契約書でどのように工夫をすべきか、といった問題である。


※ 本コラムは、一般的な情報提供に止まるものであり、個別具体的なケースに対する法的助言を想定したものではありません。個別具体的な案件への対応等につきましては、必要に応じて弁護士等への相談をご検討ください。また、筆者は、インドネシア法を専門に取り扱う弁護士資格を有するものではありませんので、個別具体的なケースへの対応は、インドネシア現地事務所と協同させていただく場合がございます。なお、本コラムに記載された見解は筆者個人の見解であり、所属事務所の見解ではありません。


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