役を生きる根幹 俳優の必須技術とは? 世界で一番やさしいスタニスラフスキー・システム⑩
スイートスポットはどこ?
先生がいたずらっぽい目で聞いてくる。
「あなたは今何をしていますか?」
「えっ!…「根幹は何か?」という問題の答えを考えているのですが…」
私は先生のだした超難問に頭をひねっていた。
先生がその超難問を出題したいきさつは以下の通り。
「さて、役を生きる原理原則を感覚的につかめたかと思います」
「はい」
私は今や文字でぐちゃぐちゃになったリンゴの樹の絵を再び見る。
「これから、この太い幹は何なのかを見ていきましょう。もし、今からテイク3を演じるのだとします」
「はい…」
「前回あなたは演じる準備としてシナリオを完全に覚えました。これは俳優なら避けては通れない必須の作業です。しかし、あなたは反省としてその覚えた事を忘れたかったと言いました」
「はい…」
「予定されている感情を思い出すのではなく、起きることを新鮮に受け取り、感情や感覚がつい生じてしまうのを経験したかったからですね」
「そうです、それが経験できれば役を表現しているのではなく、役を生きていると感じられると思います」
「その通りです。しかし、覚えたことを忘れるなど到底できるはずもありません」
「ええ」
「しかし、もし、忘れてしまわなくても、ある一点に集中することで全てが叶うならどうでしょう?」
「どういうことでしょう?」
「つまり、あるポイントに集中することで、起きる事や相手のセリフを新鮮に受け取り、シナリオ通りに感情・感覚・思考がつい生じてしまうのです」
「…」
「結果としてあなたは役の人生を生き、相手役も活かし、観客の心を惹きつけてしまう」
「…はい」
「そんなポイントがあればそれに集中したくないですか?」
「もちろん、したいです!」
「では、そのポイントがどこにあるか調べてみましょう」
「はい!」
「さて、私たちは自分だけでなく観客の心も満足させたかったのですね」
「はい」
「その両方の満足を満たすために私たちが出来る、最も重要で不可欠なことは何かを考えてみましょう」
俳優と観客と○○の満足を満たすポイント
「俳優が演技にたずさわる満足には様々なモノがあるかもしれませんが、役を生きているという実感やその証拠として感情や感覚が生じてしまう経験は欠かせないと思います」
「そうですね、私も人前に立てる喜びや仲間と創り上げる喜びを感じることはありましたが、役になれない悔しさの穴埋めをすることはできませんでした」
「一方、観客の満足も様々なのでしょうが、物語に関心を抱き続け、最終的には感動を味わいたいというのが中心かと思います」
「そうだと思います」
先生は二つの円が重なる図を描きながら話をつづけた。
「では、ある一点に集中するとつい感情や感覚が生じてしまう、かつ、そこはお客さんの関心や感動の中心でもある。そんなポイントがあれば全てのエネルギーをそこに注ぐべきかもしれませんね」
「そうですね」
「しかし、実は私たちは俳優と観客の満足だけではなく、もう一人の満足を考える必要があるのです」
「もう一人…?」
先生は先ほどの図にもう一つの円を付け加えた。
「さて、それは誰だと思いますか?」
「ちょっとまってください…」
「ちなみにスタッフやプロデューサーなど制作陣のことではありません」
「えー⁉そうかと思ったのに…
さっぱり分かりません!
なにかヒントもらえますか?」
「そうですね…あなたは自分のショーをするために舞台に上がるんじゃありませんよね?」
「はい、…あっ!」
「分かりました?」
「役の人物ですか?」
「その通りです。もし、終演後、ハムレットを演じ終わった私が観客全員から「いつもどおりの先生でしたね!」とその軽妙さを褒められていたとしたら、ハムレットはきっと怒るでしょうね」
「なるほど」
「私たちは役の人格なり性格をそこに現れさせなければなりません」
先生は役の満足と三番目の円の中に書き添えた。
「役の人格や性格を形作る中心にも関わっているのがココです!さあ、このクエスチョンマークには何が入るのでしょう?」
私は図を見ながら自問自答していた。
集中すること?いや、集中する焦点は何かを聞かれているのだ…
人格にも関係するのだから、生きざま…
でも、生きざまに集中するって良く分からない…
感情が起きる原因っていうのは役の人物のトラウマ?
うーん、過去やトラウマに集中しても相手を活かせないよな…
役を生きる根幹とは何なのだろう?
全く考えがまとまらず、頭の中は取っ散らかっていた。
でも、本当にそんなポイントがあるのであれば演技はすごくシンプルでパワフルになる気がしてきた。
答えは今ここにある
先生がいたずらっぽい目で聞いてくる。
「あなたは今何をしていますか?」
「えっ!…「根幹は何か?」という問題の答えを考えているのですが…」
「そうですか?」
そうですか…じゃないと思うんだけど…
「考えるのを止めて気づいてみましょう?」
「どういうことでしょう?」
「答えはココに在るという事です」
「?」
「なぜなら、もし、私が再び、「カメラが回っていませんでした!今のこの瞬間をもう一度繰り返して下さい」 と言えば、あなたは今まさにこの瞬間を生み出している原因を探り出し、それを繰り返さなければならないはずです」
「確かにそうです…」
「それは、セリフでも感情でも思考でも動きでもありませんでした。それらはあくまで結果に過ぎなかったのです」
「そうでした」
「あなたの今のその反応も感情も表情も、そして、その雰囲気も自然に生まれてきてしまうのは、今あなたがそこでしている何かが原因なのです」
「…」
私は頭で考えるのをやめて今の自分を観察することに努めようとした…
「さあ、今、あなたがしている、何を、繰り返せばよいのでしょう」
私は集中するために集中していない…のがわかる。
生きざまにもトラウマにも集中していない…のがわかる。
私は今、何してるだろう…
そして、私は誰なのだろう?
私はなぜ、ココに居るのだろう…
あっ…この前、先生が言っていた…
私はどこから、どこへ行こうとしているのか…
それが、私が誰なのかの答え…
私は誰か分かった!
うーん、なんか分かりかけてきているのに…と感じていると先生が再び声をかける。
「あなたは、今、そこで、何をしていますか?」
「私は、今…やはり考えているのがわかります」
「何をでしょう?」
「答えを」
「何のためにでしょう?」
「何のため?…えっ?あっ!そういう事か!」
私は閃いた!
三つの円が重なる中心に入るべきモノが!
「先生、分かりました!」
「すばらしい!」
私は今までココで聞いた話の全てがつながる気がした。
なぜ、私が、あの日に限って看板に気が付いたのか
なぜ、私が、この不気味なビルに入れたのか
なぜ、私が、カーテンの件であんな意味不明の会話をしたのか
「では、答え合わせをしてみましょう!」
私はいまや自分の答えに確信を持っていた…
それは、…
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