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学振の特別研究員研究奨励金が給与所得である根拠はあるのか?

※この記事は2016年にはてなブログで掲載したものの一部修正になります。
とても長い(5,500文字)ので先に結論だけ書きます。
・研究奨励金が給与所得である根拠はない
・昭和35年から昭和45年までは給与所得である根拠はあった
※最下部に給与所得となる学振側の根拠を追記しています。
(消滅した通達への文書が根拠のようです)

☆日本学術振興会特別研究員とは
 大学院生以上であればすでにお馴染みであるかと思いますが、日本において科学技術研究費(略称:科研費)を取り扱っている日本学術振興会(略称:学振)は、特別研究員という制度を設け、若手研究者(院生を含む)に対して支援を行っています。


特別研究員制度は、我が国の優れた若手研究者に対して、自由な発想のもとに主体的に研究課題等を選びながら研究に専念する機会を与え、研究者の養成・確保を図る制度です。
特別研究員|日本学術振興会

☆特別研究員の研究奨励金についての日本学術振興会の記述
 特別研究員に採用されると、種類によって金額は異なりますが、研究費の他、研究奨励金が支給されます。(2~3年間、月額200,000~446,000円)
申請資格・支給経費・採用期間 | 特別研究員|日本学術振興会

 この支給されるもののうち、研究奨励金について、学振はこのように記述しています。

研究奨励金は、給与所得として課税されますので、毎月所得税を源泉徴収の上支給し、12月に年末調 整を行います。年末調整に必要な書類は、毎年10月に送付しますので、その際指定する期日(11月中旬) までに作成し、提出してください。
遵守事項および諸手続の手引 | 特別研究員|日本学術振興会
P26 Ⅳ研究奨励金の支給 5.所得税の源泉徴収 より 

 またこのようにも述べています。

(2) 特別研究員と本会との間に雇用関係はありません。
P2 Ⅱ特別研究員制度の趣旨等 2特別研究員の身分 

まとめると
・研究奨励金は給与所得として源泉徴収を行う。
・日本学術振興会と特別研究員との間に雇用関係はない。
(つまり、年金、健康保険、雇用保険に加入はさせない。)

☆給与所得とはなんなのか?
 国税庁より引用です。

給与所得とは、勤務先から受ける給料、賞与などの所得をいいます。No.1400 給与所得|所得税|国税庁

 給与所得には、勤務先=雇用関係がある、という前提があります。

☆二つが矛盾していないか?
 この、雇用関係がないにもかかわらず、給与所得として取り扱われることに、毎年特別研究員から疑問および不満が出ています。
 確かに、この状況はおかしなものと言えるでしょう。
 こういった法律にそぐわないイレギュラーなものについては、通達とよばれるもので、個別の解釈が与えられることがあります。
 法令解釈通達|国税庁
 しかし、いくら探しても、これに該当するような現行の通達が見当たりませんでした。

 そこで、方々探して見つけたのが、以下の古い通達です。

 日本学術振興会の奨励金に対する所得税の取扱について
 なんと、昭和35年の通達です。
 この中身を確認していきましょう。
 抜粋だけでもいいのかもしれませんが、インターネットで検索しても手に入らないので、全文を掲載します。
 今回は図書館に行き、国会図書館デジタルライブラリーにアクセスし、「所得税基本通達取扱集昭和37年版」という書籍から引用しました。

個別通達
日本学術振興会の奨励金に対する所得税の取扱について(昭和35.2.23 直所2-16)
 標題について、文部省大学学術局から別紙一のような照会があり、これに対し別紙二のように回答したから通知する。
 別紙一
 財団法人日本学術振興会が同会の奨励研究員および奨励研究生に対して交付する奨励金の非課税取扱について(依頼)
 財団法人日本学術振興会においては、文部省の要請に基き、機動的な共同研究の体制を促進し、また優秀な研究者を確保するため、昭和34年度から政府補助金により、新たに日本学術振興会奨励研究員および奨励研究生制度を実施することとなりました。
 この事業は、いずれもわが国の学術を振興するうえにおいてきわめて重要な意義をもつもので、その実現についてはかねてから日本学術会議が強く要望してきたところであり、国として積極的に助成してゆくべきものと思われます。
 この財団法人日本学術振興会が同会の奨励研究員および奨励研究生に対して交付する奨励金は、それぞれ次のような性質を有するものでありますので、これらの奨励金については、できる限り課税しない取扱とされるよう格別の御配慮をお願いします。
 記
1 奨励研究員に交付する奨励金は、共同研究参加にともない必要とされる経費にあてるもので
(1)勤務先を離れて共同研究に参加するため必要な旅費(滞在費を含む。)
(2)共同研究参加にともなう給与上の不利益補てん分(不利益とならない場合は、支給しない。)
(3)共同研究参加にともなう研究費(共同研究の代表者の指示にしたがい、直接研究に必要な経費に限って使用すべきもの。)
 の3種を支給する。なお、現在給与を受ける勤務先を有しない研究員に対しては、その者が国立大学に教官として採用される場合に通常支給される給与額に相当する額と上記(3)の研究費を奨励金として交付するものとする。
2 奨励研究生に交付する奨励金は、適当な研究指導者の指導を受けて研究に専念するための経費にあてるものであり、実験費等を多額に必要とする研究に従事する者には、奨励金を一定額増額して支給する。
 なお、この制度の趣旨および実施方法等は、別添資料のとおりでありますので、参考までにお送りいたします。
 別添資料
1 日本学術会議の「基礎科学の研究体制確立」に関する要望
2 特殊法人「日本学術振興財団(仮称)」設立要項
3 昭和34年度日本学術振興会奨励研究員および奨励研究生募集要項
4 審査委員氏名一覧
5 採用決定者氏名一覧
6 奨励金交付決定通知書(写)
7 「日本学術振興会奨励研究員および奨励研究生の取扱」に関する各国立大学長、関係各所轄機関長あて文部事務次官通知(写)
8 財団法人日本学術振興会の概要およびその寄付行為
9 昭和35年度募集要項
10 文部省所轄旅費規則(抜粋)
 別紙二
 日本学術振興会の奨励金に対する所得税の取扱について
(昭和34.12.21付文大術第760号照会に対する回答)
 標題については、下記によりお取り扱い下さい。
 記
一 奨励研究員に交付する奨励金について
 1 勤務先を離れて共同研究に参加するため必要な旅費(照会の記1の(1)に該当するもの)については、所得税(以下「法」という。)第6条《非課税所得》第3号に規定する旅費に準ずるものとして取り扱うこと。
 2 共同研究参加にともなう給与上の不利益補てん分(照会の記1の(2)に該当するもの)については、法第9条《所得の種類並びに総所得金額、退職所得の金額及び山林所得の金額の計算》第1項第5号に規定する給与所得として取り扱うこと。
 なお、現在給与を受ける勤務先を有しない研究員に対し、その者が国立大学に教官として採用される場合に通常支給される給与額に相当する額として交付するもの(照会の記1のなお書前段に該当するもの)についても、同様に扱うこと。
 3 共同研究参加にともなう研究費(照会の記1の(3)に該当するもの)については、共同研究の代表者が各奨励研究員からその費途の明細を徴し、かつ、購入物品がすべて共同研究の行われる研究機関に帰属するものである等共同研究の行われる研究機関から直接支出されるべきであったものを、各奨励研究員を通じて支出したと認められるものであれば、非課税として取り扱うこと。
二 奨励研究生に交付する奨励金について
 1 月額20,000円の奨励金については、給与所得として取り扱うこと。

 2 実験費、調査費等を多額に必要とする研究に従事する場合に、1に掲げる金額のほかに年額50,000円を限度として支給する金額については、一の3に掲げる研究費と同様に取り扱うこと。
※太字は筆者

 まとめると、日本学術振興会が発足し、研究員および研究生制度を始めた昭和34年度に振興会が支給する奨励金について、文部省を通して「できる限り非課税」とするよう国税庁に照会するものの、国税庁は旅費、実費に該当しない「給与補てんとみなされる部分については給与所得とする」と回答した、ということです。
 この通達の解釈を50年以上引きずっているために、特別研究員についての研究奨励金も給与所得としているのでしょう。

 ここで解決すればよかったのですが、
 しかし、この通達は、実はすでに廃止されているのです。

 現行の所得税基本通達は昭和45年に過去のものを含めて整理され、制定されています。

所得税基本通達を別冊のとおり定めるとともに、所得税に関する既往の取扱通達を別紙のとおり改正または廃止したから、通達する。
所得税基本通達の制定について|通達目次 / 所得税基本通達|国税庁

 既往の改正、廃止のなかに今回探した通達も含まれています。
(なので、今の基本通達の書籍では見つからず、国会図書館のライブラリーに当たることになったのですが) 

 ○ 現行法令又は所得税基本通達で取扱いが明らかなことなどにより廃止するもの
昭和35年2月23日 直所2-16 日本学術振興会の奨励金に対する所得税の取扱について
(別紙2)|所得税法 一部改正通達|国税庁

 法令又は所得税基本通達で明らかなので、この通達は廃止されてしまったのですが、類似する基本通達はその後も存在していません。
 法令を素直に解釈すれば、雇用関係がないのですから、奨励金は給与所得になりようがありません。
 従って、学振の奨励金を給与所得とする根拠は消滅してしまっているのです。

☆では、どう取り扱えばよいのか?
 給与所得ではない以上、この奨励金はどのように取り扱われるべきなのか。
 妥当なのは雑所得でしょう。

雑所得とは、他の9種類の所得のいずれにも当たらない所得をいい、公的年金等、非営業用貸金の利子、著述家や作家以外の人が受ける原稿料や印税、講演料や放送謝金などが該当します。
No.1500 雑所得|所得税|国税庁

 要するに、あれこれ分類したあとの「その他」に該当します。
 では雑所得でいいのかというと、雑所得は給与所得と異なり、給与所得控除額という最低65万の概算的な控除額がなく、実費の経費を差し引いたものが所得となります。
 収入と所得の関係についてはここでは述べませんが、給与所得のままでいるより、雑所得になってしまうと、同額なら税金上不利になってしまうことがほとんどです。
 ここで話を終えてしまうと、特別研究員研究奨励金を調べた結果、悪い結果を導き出してしまったとも考えられるので、なんとか非課税にする方法を考えたいと思います。

☆学振の奨励金を非課税にできないか?
 所得税法では、第九条に《非課税所得》になるものを列挙しています。(有名なのは一定額までの通勤手当)
 その中に、適用できそうな文言があります。

第九条  次に掲げる所得については、所得税を課さない。
十三
ニ 学術若しくは芸術に関する顕著な貢献を表彰するものとして又は顕著な価値がある学術に関する研究を奨励するものとして国、地方公共団体又は財務大臣の指定する団体若しくは基金から交付される金品(給与その他対価の性質を有するものを除く。)で財務大臣の指定するもの
所得税法

 では、現在の「財務大臣の指定するもの」を確認しましょう。
 今度は昭和44年(また古い)に大蔵省(!)が出した告示に一覧があります。

所得税法第九条第一項第十三号ニ又はヘに規定する団体又は基金及び交付される金品等を指定する件
昭和44年 大蔵省告示第96号
告示(昭和40年〜) : 財務省

二 国から科学研究費補助金取扱規程 (昭和四十年三月文部省告示第百十号)の規定により交付される科学研究費補助金又は独立行政法人日本学術振興会から独立行政法人日本学術振興会法 (平成十四年法律第百五十九号)第十五条第一号の業務として交付される科学研究費補助金若しくは学術研究助成基金助成金

独立行政法人日本学術振興会法の該当箇所を確認しましょう。

第十五条  振興会は、第三条の目的を達成するため、次の業務を行う。
一  学術の研究に関し、必要な助成を行うこと。
二  優秀な学術の研究者を養成するため、研究者に研究を奨励するための資金を支給すること。

三  海外への研究者の派遣、外国人研究者の受入れその他学術に関する国際交流を促進するための業務を行うこと。
四  学術の応用に関する研究を行うこと。
五  学術の応用に関する研究に関し、学界と産業界との協力を促進するために必要な援助を行うこと。
六  学術の振興のための方策に関する調査及び研究を行うこと。
七  第四号及び前号に掲げる業務に係る成果を普及し、及びその活用を促進すること。
八  学術の振興のために国が行う助成に必要な審査及び評価を行うこと。
九  前各号の業務に附帯する業務を行うこと。
独立行政法人日本学術振興会法

 この十五条のうち、一号だけが非課税所得として財務大臣から指定されています。
 研究奨励金はおそらく、二号の「優秀な学術の研究者を養成するため、研究者に研究を奨励するための資金を支給すること。」に該当する業務でしょう。
 つまり、研究奨励金を非課税にするためには、法律の改正などする必要もなく、二号を財務大臣が指定すればよいのです。


以上、調査結果でした。
(現在私は直接の利害関係者ではないので国税庁に照会をかけることまではしていませんが、もし時間のある方、学術研究員の方、法律に長けた方、政治家の方、深掘りをしていただけると助かります)

※2020/10/14追記
学振側はこの消滅したと思われる通達を根拠として課税対象としている、という立場らしいです。
特別研究員制度発足後も同様であると確認しているようですが、特別研究員制度は1985年(昭和60年)なので、この通達は廃止されているはずなのですが……

設問27 研究奨励金が給与所得として課税対象となっている経緯(根拠)はどのようなものか。
答 特別研究員制度の前制度である奨励研究員制度(昭和 34 年 10 月創設)発足時の、文部省大学学術局長から国税庁長官宛の文書(昭和 34 年 12 月 21 日付け文大術第 760 号)に対する国税庁からの回答に拠っています。(特別研究員制度発足後も取扱いに変更がない(DC含む)ことを当時の文部省大学学術局学術課及び国税庁所得税課との協議においても確認されています。)
よくある質問 設問27 研究奨励金が給与所得として課税対象となっている経緯(根拠)はどのようなものか。


過去にこのような小説を書きました。
詐欺とか会計とかそういう感じのライトな本です。
もしよろしければ電子書籍などでどうぞ。
「トクシュー! ‐特殊債権回収室‐ (NOVEL 0)」(全二巻)

40億の横領の疑いを掛けられた会計士は、犯罪収益が資金洗浄される前に回収する政府委託の部署“トクシュー”に勤めることになる。だが、そこに集められたのは過去に罪を犯した『元犯罪者』たちだった――。


頑張って調べたので100円で置いておきます。
100円は今後創作等の資料を買うために使います。
100円ください。

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