arXivに論文公開

 というわけで、新作です。

 見ての通り、「限界革命以前」の消費者理論と、「限界革命以後」の消費者理論の違いはなにか、という論文です。
 別の言い方をすると、「効用最大化を前提としない」消費者理論と、「効用最大化でモデル化された」消費者理論の違いでもある。

 限界革命以前の消費者理論については、川俣先生の三田学会雑誌の論文を参考にした。

https://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/download.php/AN00234610-19890701-0087.pdf?file_id=76728

 この論文のつまみ読みだけれど、僕の理解としては、当時どう呼ばれていたかはともかくとして、基本的に消費者は財ごとに「主観的な価値」を評価することができていて、その主観的な価値の比率を「主観的交換比率」として持っていると考えられていた。一方で、客観的な交換比率は価格比。この二つが一致していない場合、消費者はいまの状態に納得せずに取引を続けるだろう。結果としてその二つが一致するところが取引の停止点である、というのが、限界革命より前にあった消費者行動の理論だと思う。これは直観的には、効用最大化よりも説得的なようにも思う。自分が価値があると思えるものを買い、価値がないと思えるものを売るというのはごく自然な考えだろう。
 そしてカール・メンガーはその「主観的な価値」に「限界効用」という別の説明を持ち込んだというわけだ。こうすると上の「主観的交換比率」というのはただの我々が良く知る「限界代替率」になるので、取引停止条件は「限界代替率と価格比の一致」となり、つまりラグランジュの一階条件である。こうして、古い消費者理論の条件は効用最大化と自然に結びつく、というのが現在我々が知っているごく普通のミクロ理論。

 だけど僕が思うに、これは逆に考えると、メンガーによって消費者理論に効用最大化という強い仮定が追加されたという見方もできるんじゃないかと思うわけだ。じゃあ、なにが追加されたのか? というのが今回のお題。

 つまり今回の論文は、この見方をしたときにメンガーが追加した仮定というのはいったいどんな仮定で、どのくらい強いのかを明らかにしようというものです。なので、主観的価値関数gから出発して、gによる取引停止点の集合をf^g(p,m)とする。これが通常の需要関数になっているためにはgがどんな条件を満たしていればよいか、ということを精査したのです。
 こういう問題意識は、たぶん19世紀の経済学者は自然に持っていたと思う。たぶんアントネッリとかパレートはこれを念頭に置いて積分可能性の研究をしていたんじゃないかな。ただ、彼らにとってはこの問題意識は説明する必要もないほど当たり前のものだったので、文章で説明していないだけ。そして、二十世紀になると今度は効用最大化が当たり前になるので、逆に問題意識がわからなくなってしまう。その結果、積分可能性理論の問題意識はよくわからないものになってしまい、挙げ句ハーヴィッチなどが勘違いをして、そして迷走の末に分野としてほぼ死滅した……という風に僕は考えている。ハーヴィッチの話は以下も参照。

 というわけで、今回の主結果は以下の通り。まず、gには二つの公理を与える。一つ目は弱弱公理。これは以下の式で与えられる。

g(x)・y≦g(x)・xならば、g(y)・x≧g(y)・y

 これは本質的には顕示選好の公理で、xが買われるときにyが買えるなら、yが買われるときのxはギリギリ買えるか買えないかの水準、あるいはそれ以上の値段でなければならないという条件。ただ主観的価値の文脈で議論すると、同値条件である以下の条件に切り替えた方がよい。

v=x-yとし、g(x)・v>0ならば、g(y)・v>0

 つまり、xから見てyから遠ざかる方がよいなら、yから見るとxに近づいた方がよいという、ある種の好みの整合性条件というのがこの弱弱公理の解釈。
 もう一つの公理はVille曲線というものについての条件。区分的に連続微分可能な関数x:[0,T]→Ωが次の条件

g(x(t))・x'(t)>0

を微分可能なすべての点で満たし、x(0)=x(T)であるとき、これをVille曲線と言う。そしてgがVilleの公理を満たすとは、Ville曲線がひとつもないということである。実はVilleの公理を満たしていない場合、以下のようなVille曲線が必ず存在することを示せる。まず、0<t<t_1ならx(t)はx(0)とx(t_1)を含む平面上を動く。t_1<t<t_2ならx(t)はx(t_1)とx(t_2)を含む平面上を動く。t_2<t<t_3ならx(t)はx(t_2)とx(t_3)を含む平面上を動く。そしてx(t_3)はx(0)よりも厳密に小さいベクトルである。言い換えると、この消費者は最初にx(0)を持っていたときに、x(0)とx(t_1)の交換で得をしたと思っていて、x(t_1)とx(t_2)の交換でも得をしたと思っていて、x(t_2)とx(t_3)の交換でも得をしたと思っているが、実際にはこの三つの取引の結果彼は損しているのである。これをサミュエルソンは1950年の論文で「騙されやすい個人」と述べた。したがってVilleの公理は、逆に「騙されにくい個人」であることを意味する。
 今回の主結果は、gが弱弱公理とVilleの公理を満たすことと、f^gが弱順序に対する需要関数として書けることが同値だという定理です。他にもいろいろ盛りだくさんだけど、とりあえずこれでだいたい大意は示せた。効用最大化の条件は上の二つの公理だ。
 そしてもう一つ。効用最大化でモデル化する場合、消費者は効用最大化点を計算するだけで取引終了ができる。けれど主観的価値しか見えない消費者は、自分の効用が見えていないので、取引停止点を無事に見つけることができるかどうかがわからない。そこで、消費者が改善方向へと移動する状況を示す微分方程式を作る。もし効用関数が存在するなら、取引停止点x^*を使って、L(x)=u(x^*)-u(x)とすればこれがリャプノフ関数になるから、改善過程は安定的で、必ずこの消費者は取引停止点を見つけられる。一方、弱弱公理とVilleの公理のどちらかが満たされないと、上の過程が安定にならないような改善方法が存在することがわかる。したがって、弱弱公理とVilleの公理は、取引停止点を必ず消費者が見つけられるための必要十分条件でもあることがわかった。言い換えると、消費者が自分の納得できる取引を必ず行えるためには、効用最大化している必要があるのである。
 他、微分でもって弱弱公理とVilleの公理を特徴づける方法とかも研究しているけれども、だいたい主結果は述べた。つまるところ、消費者の効用最大化というのは、弱弱公理とVilleの公理を満たすときには正当化でき、そうでないときには正当化できない。そしてまた、消費者が取引停止点を必ず見つけられるであろう条件も、弱弱公理とVilleの公理である。したがって効用最大化で説明できる消費者は取引停止点を必ず見つけられるが、そうでない消費者はもしかすると見つけられないかもしれない、というのが、今回の主要結果でした。
 あー……しんどかった……今回マジで証明が、自明だったり容易だったりするステップがひとつもなかった……きつかった……
 というわけで、以上です。興味あったらぜひ読んでください。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?