確率的マクロモデルの最適条件はどう出すか?

 という話題を見かけました。

 ですよね、で終わらせてもいい議論なんだけど、たぶんそれだと発展性がないので、少しこれについて突っ込んで考えてみよう、というのが今回の話。
 あ、ただし結論はないです。最初に断っておく。

どんな空間の最適化問題?

 まず、上の問題を見るとわかるが、最適化問題に必要な「選択可能なものについての仮定」がちゃんと書かれていないことに気がつく。後の方を見ると「観測可能」とかいう言葉が書かれているが、観測可能なものはなんであるかという話自体が書かれていない。つまり、問題の記述が不十分である。
 ただし、これ自体は数学でもよくある話。つまり、最適化問題ではよく、自明な制約と見なされるもの、あるいは逆に制約を曖昧にしておきたいものを隠す傾向がある。前者は当たり前として、後者はなぜ隠すかというと、その制約を曖昧にすることによって逆に混乱を防ぐことができるからである。たとえばポントリャーギンの最大値原理を証明する際には通常、解が連続的であったとしても、選択対象となる関数の空間は区分的に連続か、あるいはもっと緩い条件の関数の空間で議論しないと証明できない。だけどそれを明示しちゃうと難しそうに見えて使いたい人が敬遠してしまうから、わざとぼかすわけである。
 じゃあマクロのこの話はそういう話だろうか? となるわけだが、おそらく違うと思う。というか、上記のような話であればより深く見ていけば制約条件を満たすものの空間はどこかに明示されているわけだが、それを僕は見たことがないのだ。
 ε_tはどうやら確率変数のようである。そして、選択可能なc_tの集合がz_tに依存しており、z_tがε_1,…,ε_tに依存しているため、c_tはε_1,…,ε_tの関数として書けなければ問題は破綻する。したがって選択対象となる数列(c_t,l_t)は確率変数の列であり、さらに(c_t,l_t)は(ε_1,…,ε_t)可測か、あるいはより細かい可測構造に従属していなければならないことになる。となると、この問題はなんらかの確率空間Ωから点列(c_t,l_t)の空間への可測関数を選択する問題であると思われるが、(c_t,l_t)に対する可測性条件が書かれていないだけではなく、数列の空間に与える位相が書かれていない。通常、ラグランジュの未定乗数法はバナッハ空間上の最適化問題にしか使えないため、ノルムを決定しないとラグランジュ未定乗数法が使えるかどうかを判定できない。だが、この空間上のノルムはなんだろうか?
 というわけで、まず「問題がちゃんと書かれてませんね」ということを確認した。ここから先は、どうやったら問題をちゃんと書けるかについて検討してみよう。

点列空間への関数の空間

 まず、最も簡単なのは、点列の空間にバナッハ空間の構造を入れてしまうことである。これはなんでもいい。l^1だろうと、l^2だろうと、l^∞だろうと、なんでもいい。なんであってもバナッハ空間になる。すると次に、確率空間からバナッハ空間への関数の空間を考え、これにまた適切なノルム構造を入れれば問題は解決する。
 ……解決しただろうか?
 ラグランジュ未定乗数法は通常、最適化の必要条件である。これを満たす点を調べて最適点の性質を見いだすのが通常のルートだが、その前提条件には当然ながら、最適点の存在がある。したがってそれを証明するために、制約条件を満たす点の集合はコンパクトで、目的関数は最低限、上半連続でないといけない。で、この仮定は満たされるだろうか?
 まずl^p空間のノルムコンパクト性はあまりにも厳しいので、制約条件を満たす関数空間はノルムコンパクトにはなりようがない。だから弱コンパクト性を使う必要があるわけだが、そうすると目的関数の弱連続性を証明しないといけない。これをどうにかする方法を、僕は少なくとも知らない。普通の仮定からは出てこないんじゃないの、と思ってる。弱連続性、扱ったことあるひとは知ってると思うけど、クッソきつい条件よ?
 なお、ノルムを諦めて直積位相を入れて議論するという手もある。この場合、直積位相の距離はノルムではないという問題はあるが、チコノフの定理からコンパクト性は担保しやすいので、割と希望が持てる。しかしこの場合、今度はフレシェ微分が定義できない。したがってやはり通常のラグランジュ未定乗数法が使えない……と、ぐだぐだになる。つまりこのやり方だと、そもそも解の存在問題をうまいこと解決できないというところで手詰まりになるのである。
 ちなみにそこを肯定的に解決できたらどうにかなるかは僕は知らない。上のツイートで書いてあるように偏微分を期待値記号の中に入れるには積分記号下の微分公式(ライプニッツの積分公式)が必要で、そのためには偏導関数が可積分になる必要があるんだけど、これuにどんな条件入れてるのかね。u(c,l)=log c+log lとかだったりしたら、du/dcが非有界だから普通に成り立たないとかありそうだよね。

マルコフ性を仮定してDPで解く

 これを根本的に解決する方法のひとつは、そもそもラグランジュ未定乗数法を使わないことである。その場合に最も有力になるのはDP、つまり動的計画法の技術を使うことになる。
 動的計画法というのは、簡単に言うとモデルの特殊な構造を使って無限期間の問題を二期間の問題に置き換える技術である。したがって当然、確率の世界には二期間の問題に置き換えられる構造がなければならない。いちばん簡単なのはε_tがそれまでの歴史とは無関係に決まるといういわゆるiidモデルであるが、こうなると「好景気だと次も好景気になりやすい」とか、逆に「好景気の次には不景気が来やすい」とかいった可能性を排除してしまうので、もう少しマイルドな仮定が欲しい。そうなると使えるのはε_{t+1}の分布がε_tだけで決定するという仮定である。この性質をマルコフ性と言う。
 マルコフ性があるショックの流列を仮定して解く場合には、ベルマン方程式を解くことで価値関数が求まる。この価値関数を使ってt=1から先を全部価値関数の値に情報集約してしまって、t=0の選択問題を解けばそれで最適解の特徴付けができる。ということなのだが、ちょっと待って欲しい。そもそもベルマン方程式はこの場合に信用できるのだろうか?
 実はちょっと調べてみるとわかるとおり、確率モデルにおけるベルマン方程式にはまずい特徴があって、なにも仮定がないと価値関数が可測にならない可能性がある(Stokey and Lucas (1989)の第九章を参照)。ベルマン方程式には価値関数の期待値を取る構造が含まれているため、可測でないとなにもかもがぶっ壊れる。そしてそれを防ぐための仮定がまた結構面倒で、あまりに極端な値が端で出てこないみたいな仮定が必要になってくることが知られている。
 したがってやっぱり、uについての仮定次第では、この方法が使える保証もないわけだ。結局、確率的なマクロモデルで扱われている最適化の方法には現状、満足な基礎付けがないと考えた方が無難であると考えられる。

なんで解決されていないか?

 では、なんでこんな重要そうな問題が解決していないのか? という話になるのだが……ここから先は憶測を含むが、おそらく、たいした業績にならないからだと思われる。
 まず第一にこの問題は、純粋に数学的な問題である。つまり、数学的に難しい問題であるというだけではなく、解いたところでそれ自体を用いて経済の分析ができるわけではない。現状のマクロ経済学はカリブレーションを用いた実証分析が入っていないとまともに論文を出版できないという奇妙な偏りが生じているとよく言われるが、この問題はまさにその偏りの影響を受けていて、おそらくよい雑誌にはまず載らないだろうと想像できる。
 第二に、この問題は「いま行われている分析は正しいか」という問いである。それを肯定的に解決したところで、経済の分析手法が新たに開発されるわけでもなく、いまある分析を追認するだけである。つまり、研究のインパクトは特にない。では否定的に解決、つまりこのやり方で正しい答えが出ないことを証明したとすればどうなるか。おそらく、その場合どの程度否定されるかでインパクトが決まるだろう。全面的に間違っていることがわかれば、大問題になると思われる。だが、おそらくはそうではないだろう。「uが変な形をしていると反例がでる」程度だと、適当にスルーされることが容易に想像される。そうなると結局たいしたインパクトを与えられない。
 というわけで、結局「たいしておいしくない」から未解決問題のまま残されているのだろうというのが僕の予想である。情けないが、経済学者なんてそんなものである。

とはいえ

 問題としては深刻かつ重要だと思うので、どうしてもこの問題に真っ正面から取り組みたい人がいたら、止めない。止めないけど、別の問題で似たようなことをやっている僕からすると、この研究では出世できないだろうなあ……って感じになると思うよ?
 以上。予告したようにオチは特にないです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?